■岩手のこと

岩手県から帰ってきた。

岩手での3週間は、2年以上の海外旅行に勝るとも劣らない体験だった。


水沢から車で陸前高田に向かうと、津波後初めてこの地を訪れる人の誰もが必ず仰天するポイントがある。
ループ橋を渡り、地震後真っ暗になったUの字のトンネルを抜け、山の中をしばらく走ると、突然にして現れる。
それまでは、道路に亀裂が入ったり波打ったりしている所が数ヶ所あるものの、道路脇の家や畑は何の変哲もない。
が、何の変哲ない景色のすぐ1m向こうに、突然にして瓦礫の荒野が広がる。
100 or 0
津波の被害を初めて見た。
それは私が想像していたよりもはるかに広い規模でメチャクチャ。
想像を絶するというのは、まさにこれだと思った。


私が居候していた友人にはまもなく2歳になる娘がいて、まだまだ手も目も離せないので、私は彼女の高校時代の恩師と一緒に、彼女の代わりに陸前高田で数日間物資を配った。
私と友人が預かったはカンパ金計234,705円は、あっという間に底を付いた。

運転してくれていた先生が香川に帰り、私はなすすべなく、しばらく友人宅でぶらぶらしてた。


自給自足のその家は大自然の中にあり、向こうの山まで視界をさえぎる物は何もなく、杉の林から花粉が煙のように流れているのが良く見えた。
海外ではよく、人の手が加えられていない天然に囲まれた場所に滞在したが、日本にもそういう所に住んでる人がいるんだなぁと友人の生活を感心。
テレビも電子レンジも無いけど、すごくホッとする生活。
家の周りに芽を出したノカンゾウやノビルを摘んだり、花をながめたり、ニワトリを観察したり、石器を拾ったり。


しかし、のんびり休養するほどの働きはまだしていない。
関東の車を持っている暇そうな友人を呼んで、わずかに残ったカンパ金で最後の物資を運び、そのあと一緒にボランティアで労働することにした。


ボランティアでは、遺体置場だった体育館を掃除したり、靴の仕分けと配布を手伝ったり。

靴の仕分けをしていて不思議に思った事がある。
空き地で仕分けをしていると、靴をもらいに来る人がいる。
小学生の男の子が来たので、私は他のボランティアの人がしているように、サイズを聞き、サイズごとに仕分けされたダンボールへ案内し、履いて選ぶように言う。
つま先のやぶれた靴を脱いだ男の子の足を見て驚いた。
靴下には大きな穴。
もう何日も履き替えていない様子の靴下はボロボロだった。

私はだいぶ前に、下着や靴下はもう充分すぎるほどあるので、それらの援助の申し出を市は断っている、と聞いていた。
なのにこの子は他の靴下を持っているようには思えない。不思議だ。

そこで、援助の内情にくわしい人に聞いてみた。
下着や靴下は配布されているのかと。

実際、市の倉庫には入りきらないほど物資はある。
しかしあるだけの下着を配ってしまうと、古い物はゴミになる。
ところがゴミ捨て場がない。だから配れないのだと。

他の人は言う。
物資はすべての被災者に均等に配らなくてはならない。
だから被災者人数分の同じ物資がそろわないと配れないのだと。

あきれた。


あきれついでにもう一つあきれた事がある。
ボランティアを統括する社会福祉協議会のやり方。

ボランティア希望者は、朝の9時にこの事務所に行き、仕事を割り当てられる。
この時点で仕事がなかったら帰される。
9時過ぎに事務所に行くと、9時に来なきゃ仕事は無いと帰される。
だから、ボランティアを必要とする人が9時過ぎに「ヘルプしてー!」と言っても、誰も来ない。

この非常事態に優雅なお役所仕事。とっても変。
だからこの機関は、被災者からまったく信頼されていないと聞く。


あきれる話しばかりではない。
すごく嬉しかった事がある。

私達のチームの最後の物資を届けたとき、申し訳なくも有り難い事があった。
野菜を届けたお礼に、ワカメとタコをいただいてしまった。
その集落はワカメの産地で、1年分を冷凍保存するのだが、停電で解凍されてしまった物らしい。
タコは大きな足1本だけ、ある業者がその集落に届けたのだが、集落全員が食べれる量ではないので困ってるところへ私達が来たらしい。
そして明日ついに1か月ぶりに電気が来る予定だといって、とても嬉しそうだったので、私達もその喜びのおすそわけにあずかった。
翌日、予定通りに電気は来た。良かった~。


地元の人と話をしてる時、私の頭は完全に外国語モード。
会話に知らない単語が頻発。

ワカメとタコをいただいた時は、仙台から里帰りしていた方に通訳してもらってようやく理解。

私の居候している友人宅の近所にある温泉施設は避難所になっていて、温泉に入っていると必ず話しかけられる。
湯船での話しは、個人的で具体的な内容になることもあり、
だいたいの話の流れはわかるけど、こまかい部分がわからず推測してるとそれが顔に出てるのか、
「言葉わかりますか?」と聞かれることもしばし。
「わかりません」と答えても、笑われて、話しは続く。


一緒にボランティアをしていた友人は、被災者から、こう尋ねられたという。

「私達が涙を流す時は、どういう時かわかりますか?」

「家族が死んだ事がわかっても、涙も出ません。
私達が涙を流すのは、行方知れずだった家族と再会できた時です。」

真実の言葉だと思う。


■コメント

■Re: 岩手のこと [マヤ]

支援物資やボランティアの時間の件は納得いかないね・・なんで臨機応変に出来ないんだろう・・

サブちゃん、本当にお疲れ様!

■Re: 岩手のこと [MQ~]

最後泣けた、泣けました.... 。

■あきれた事にのレス [だいちゃん]

うん、
長い間のヒッピーから急にボランティアになって大変だったと思うけどお疲れ様でした。

話を読んでいるとホントに呆れるよね、
でもね、同僚に岩手県の出身者がいて仕事の合間を見ては帰郷しているみたいなんだけど行き先のないゴミの量の話は東京で聞いているより説得力があって一方向から見るだけではいけないと思いますね。
ただ概ねの事なんですけど行政の側の人間も初めての事だからなるべく均等にしないといけないという事ばかりが気になって一つも役に立ってないように思われます。

大型連休を利用しての県外からのボランティアの入場を被災している県の全てが制限をかけているみたいですよね。

東北人ならではの奥ゆかしさなのか
それとも閉鎖的な考え方が心底にあるのか・・
言葉では言い表せない事なんでしょうけど
郷にいれば郷に従えであきれた人にも少しは言いたい事もあると思います。

これから復興を目指してこんな小さないざこざがたくさんあると思います、
私も行動する時が来ると思ってますけど
考えれば考えるほど難しい問題ですね。


でもね、
リサさんのやった事はすごいと思うよ、
岩手に旅立つ晩に一緒に飲んでいたけど
いつもと同じ顔をしていたもんね、平身低頭の思いだよ。

■Re: 岩手のこと [hiro]

この日記は偏らずしっかり真実が伝わる・・・。
もうだから物資や金は機関あてに送りたくないよ。
涙を流すまもないんだよね!最後の文節は胸が痛いわ。
私は、今は行かないけどもっとあとに自分なりのことをしに行くの。

■Re: 岩手のこと [kaz]

お役所仕事には憤懣やるかたない!

しかしリサさん、本当にお疲れ様でした~。

■Re: 岩手のこと [imustak]

報道されないことが山ほどあるとは聞いてたけど・・・

お疲れ様でしたなんて言葉をかけたら、りさからは「まだまだ!」って声が聞こえてきそう

きっとまた行くんだろうな

■Re: [リサ]

来月、広東料理屋を営むママの炊き出しに付き添い、また岩手に行ってきます。

>マヤ
お恥ずかしながら、あまり疲れとらんのよ。
逆にいろいろ経験できて良かったよ。

>MQ~
私も泣いたよ。

>だいちゃん
東北人の奥ゆかしさやら、役所の物資平等主義やら、ゴミ問題や法律的問題やら、今回、物資を援助する為に国民から寄せられた物が、必要とする人の手に渡ることなく大量のゴミとなっているのが、いたたまれません。

>hiro
ニュースでやらなくなれば、他の地域の人は、忘れちゃうだろうからね。
これから長い目で見る必要があるね。

>kaz
あまり疲れてませんの・・・・

>imustak
なぜまた行くとわかった?
6月に中華の出店を手伝いに岩手にまた行きます。
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リサ婆

カレー屋歴3ヶ月
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で11年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春から間借りでカレー屋を始めましたが、7月31日閉店しました。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

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