■2010年05月

■モロッコ*カサブランカ

エジプトからモロッコに飛ぶ飛行機の中で「なんだか体調が悪いな」と感じ、モロッコの空港からカサブランカに向かう電車の中で気持ち悪さのピーク。
電車ガラガラだったんで、ビニール袋広げて、オエーッ。
モロッコは最悪のコンディションから始まった。

エジプトに生気を吸い尽くされた感がある。

そして、飛行機の中からうっすら感じてたんだけど、モロッコはほとんど英語が通じない。
アラビア語とフランス語とスペイン語とドイツ語なら通じるみたいなんだけど。

大学で2年間習っていたはずのフランス語は、きれいさっぱり覚えていない。


トルコやシリアにある公共風呂のハマムが、モロッコにもあって、その数は他の国に比べてダントツ多い。
カサブランカで宿を探している時に、「ここもハマム、あれもハマム」とハマムを見つけたら、具合の悪さが引いていった。
私はハマムが大好きなのだ。
日本でも、銭湯大好き。

とりあえず最初に目に入った宿が、言葉は通じなくても感じのいいホテルだったので、そこに部屋をとり少し昼寝して、モロッコで最初におこなったことは、先ほど見つけたハマムに行って垢すりしてもらうこと。
どこの国のハマムでも、頼めば垢すりをしてくれる。
韓国式と同じ垢すりグローブ(?)を使ってやってくれる。


エジプトの垢を落としたおかげでしょう、すっかり元気になりました。
私が訪問したことのある国の中で、もっとも疲れる国の、今のところのワースト1はエジプトですから。


カサブランカは横浜みたい。
モロッコの首都のラバトから電車で1時間くらいの大きな港町。
モロッコの経済の中心地であり、人も適度にクールで、観光客には快適な街。

そしてカサブランカでは、「横浜」の知名度が高い。
今までどこの国でも日本人を見れば「トウキョウ?オオサカ?」と出身地をきかれるのがワンパターン(パキスタンは例外で、ナガサキ?ヒロシマ?ときいてきた)。
カサブランカの港の人は「ヨコハマ?」と聞いてくる。トウキョウより知名度が高い。

カサブランカにこれといって特に見所はない。
名前はこんなに有名なのに!見所がないって、かなりびっくり。
しいていえば、名前の由来にもなってる カサ(家)ブランカ(白い)でしょうか。
わざわざ見に行くまでもなく、物価の安い旧市街をぶらぶらしてれば、回りはすでに白い家、そして迷路。
そして魔女。
魔女が着るみたいなフード付ローブを多くの女性と一部の男性が着ていて、
まるで魔女の街みたい。
新市街は、ヨーロッパ式の建物が多く、情緒のあるカサブランカです。



■エジプト⑪*再びピラミッドそしてスフィンクスの謎

ピラミッドっていいわぁ。
いつ見ても落ち着くわぁ。
遠目に見た方がだんぜん落ち着く。
近寄ると、ラクダタクシーや警官や土産物屋にしつこく「施し」を要求されて、むっちゃ疲れる。

バスの窓から
ピラミッドに向かうバスの中から。
テンション上がるわぁ。

バスの窓から2
これもバスの中から。

3大ピラミッドの2つ
ギザの3大ピラミッドの特に大きい2つ。
広すぎるし大きすぎるしで、3つのピラミッドを同時に撮るのは難しい・・・
砂漠の向こうまで行けば撮れるのだけど、疲れるし・・・

ピラミッドのガキ
ピラミッドのラクダタクシー。


まずはスフィンクスの謎から。

真横から見たスフィンクス
スフィンクスって、正面から撮った写真はよく見るけど、横からのってほとんど見ない。
なぜって、それは、格好が悪いからでしょ。
体の割りに頭小さすぎ。
どう考えても、頭だけ後から造り替えられてるでしょ。
だって、完璧なフォームのピラミッドを造ったのと同じ人が造ったとされているんだよ。
同じ人が造ったのなら、もっとカッコ良く造るでしょ。
もともと誰が作り、そして誰が造り替えたのか、それが謎。

スフィンクス狛犬説ってのがあるけど、私もこれには賛成。
今あるスフィンクスは、付属とされてるピラミッドの左端延長にある。
当然右側にもあったはず。
私が見た他の小さなスフィンクスは、だいたいが2体で一対になってましたから。
でもそのあたりは、この写真を撮るため私が登った丘になってました。

ギリシア神話でスフィンクスは、「朝は4本足、昼は2本足、夕は3本足は何か?」という質問を出し、答えられない人間を殺していたが、オイディプス王に「それは人間」と答えられてしまい、海に身を投げて自殺した。というのがあるが、きっとこの話とかかわりがあると思う。
もう1体のスフィンクスは、自殺したからいないんでしょ。

というのはさておき、丘のあたりにもう1体埋もれている可能性はないのかね?
調査済みなんであろうか?

近くから見たスフィンクス
足元はレンガでツルッと滑らかな仕上がりだけど、顔は石のままの仕上がりになってる。
ちなみにスフィンクスのあごには長い髭があったんだけど、それは今イギリスの大英博物館にあります。

スフィンクスのお尻
スフィンクスのお尻。
キュート。

実はピラミッドもスフィンクスも、何年に造られたって、公式には言及してないと思う。
私は何の前知識も無かったので、何年に造られたのか知りたくて調べたんだけど、ピラミッドを造ったと思われる王の時代から割り出して、4500年前に造られたってことしかわからなかった。

エジプトって「いったいいつから放置されてるんだ?ちゃんと調査してるのかいな?」ってのがたくさんある。
スフィンクス右横の丘もそうだし、下の砂に埋もれた遺跡らしきものもそうだし、アブシンベル近くで見た謎のピラミッド型岩もそうだし、
シーワオアシスの砂漠で見た貝殻もそうだし。
でもエジプトは、遺跡調査にお金かけてばかりもいられないんだろうな。
過去のことより今の生活が重要なのは、どなた様も同じこと。

発掘待ち?
砂漠の中に埋もれてるこれだって、間違いなく遺跡だと思うよ。
砂漠の砂が邪魔して、遺跡を隠しちゃってる。
たいした発見が期待できない遺跡だと、すでに分かっているのかな。

ピラミッドの下の方もそう。
観光コースをちょっとはずれて、人気のない小さいピラミッドに行ってみると、古代ピラミッドのまわりにはめられていたであろう石がごろごろ転がってる。
メンカウラーピラミッド下

メンカウラーピラミッド
建設当初はピラミッドはきっと、よじ登れないくらいツルンとしていたんだろうな。

カフラーピラミッド下
あらら、崩れた石をよく見ると点線が。
こうやって割ると、きれいに割れるのね。
バーで1貫氷を割るときも、こうやって割るからね。
納得納得。
でもこれが、ピラミッド建設当時のものなのか、その後、この石を持ち去るためにつけられた点線なのかは不明。
石を持ち去ったのは、オスマン帝国のアリパシャだと、ラクダタクシーの人は言ってたけど、アリパシャだけが持ち去ったとも思えないし。

太陽の船
これは一番大きなクフ王のピラミッドの横から発見された木造船。
早稲田大学の吉村先生いわく、実際に一度は航海しているらしい。

吉村先生は、日本のハイテクを駆使して、すぐこの隣にもう1艘船が埋められているのを発見したんだけど、未だ発掘されていない。
それなりの費用がかかるし、エジプトもそんな予算なさそうだし、吉村先生の自費での発掘はきびしいだろうし、古代のロマンに寄付するほど日本の経済は余裕ないだろうしと、色々と勝手に未発掘の理由を考えちゃいました。

スフィンクスの視線の先
こんな所までせまってきた町を眺めるスフィンクス。
砂漠と町の間、やや右寄りにスフィンクスの後ろ姿。

スフィンクス向かいのカフェ屋上から
スフィンクスの視線の先にあるカフェの屋上にて。
左側クレーンの右側に小さくスフィンクス。

エジプト来て良かったー。

日本の歴史には、ここ数年で興味を持つようになったけど、エジプトで古代史に興味を持って調べるうちに、どんどん色んな事が分かっていって、それが日本史にもつながってきて、さらに様々な分野に興味が広がった。

お蔭で私は、妄想だけじゃなくって、根拠のある想像もできるようになりました。

そういえば、この旅の目的はエジプト行くことだったな、なんてことも思い出しました。
エジプト行って、ピラミッドとサハラ砂漠を見ることがゴールだったから、目標達成か、と思いきや・・・

エジプトの砂漠は、厳密に言うとリビア砂漠で、サハラ砂漠ではない、ということをエジプトで知りました。

ということで、サハラ砂漠を見に、マグレブの国(日の沈む国)モロッコへ明日旅立ちます。

■エジプト⑩*カイロ

カイロのナイル川
カイロのナイル川。

しっかしカイロはデカイ。
今まで訪れた首都の中でも、カイロは最も大きな街の一つ。

カイロは、やたらと声をかけてくるエジプト人がややウザイけど、好きな街だ。

毎日歩いてる通り
ホテルの前の道。

渋滞のひどいカイロ
カイロの渋滞はヒドイ。

ホテルのテラスから
ホテルのテラスからの眺め。
パラボラアンテナ・・・

ネット屋の向かい
日のあたらない路地は、カフェになってることが多い。
今、私がインターネットをやってる店のまん前。

カイロ・ラムセス駅近く
エジプト人は、信号はまったく守らないし、車道と歩道の区別もないし、日本の感覚だと街を歩けません。
ちなみに、窓口や電車の乗降でも、ごっちゃごちゃ。
並ぶことや、降りる人が先の合理性をまったく考えていない。
中国人やインド人も並ばないけど、首都で比べるなら、カイロ、デリー、北京、の順に並ばないワーストかな。

いつもの道
たまたま撮れちゃった既婚女性の写真。
こういうスタイルの方が、かえって色っぽく思える。

エルアブド前にて
エジプトはなぜかアイスクリームがとても美味しい。
というか、中東~エジプトはアイスクリーム好きにはたまらない所。
私の人生の中で、最も美味しいマンゴアイスを売ってる店。
本物のマンゴより美味しい。
毎日食べてるけど、毎日その一口目で「っうまいっ!」ってうなってる。

カイロのショーウィンド
人前でいかがわしい格好をさせられてるから、せめて目を隠しているのでしょうか?

マッチョなホルス神?
エジプト人って、体が大きくてマッチョが実に多い。
残念ながら私はマッチョにさほど関心がないのだが、これは笑った。
これはエジプトに来たことある人じゃないと笑えないかも・・・
エジプト古代の神、ハヤブサの頭に人間の体を持つホルス神だと思う。
マッチョなホルス神、はじめて見たよー。
しかもマッチョな体がけっこう似合ってるよー。

アラビア語カレンダー
エジプトのカレンダー。
私はアラビア数字だけは、すんなり読めるようになりました。
飛行機のチケット代理店にて。

■エジプト⑨*ナイル川クルーズ

エジプトは、二重価格が基本になってる。
町の商店で物を買う時、食堂でご飯を食べる時、観光地の入場料、いちいち現地人価格とツーリスト価格が違う。
これは貨幣価値が、円やドルやユーロと違う国ではよくある話なんだけど、エジプトでは、路地裏の零細商店にまでこれが完全徹底していて、零細商店ほど、ボリの倍率が上がる。
ファイブスターホテルなど、もともとの値段が高い場所では、それなりのサービスも受けれるので、ボリの倍率は低く感じる。

日本で言うと、
銀座のクラブで、8万円の会計だけど、次またいつ来るかわからない人だから、10万円請求される。
しかし、ガード下の立ち飲み屋で、1200円の会計でも5万円請求される。って感じかなぁ・・・

だから、思い切って贅沢をすれば、かえって安く感じます。
それがつくづく身にしみたのは、ナイル川2泊3日クルーズをした時。


ナイル川では、豪華客船によるクルーズが楽しめる。
これを知ったときから、クルーズしたくてしたくて。
でも、きっと目玉飛び出る値段なんだろうなと諦めていたんだけど、一応値段だけ聞いて諦めようしたら、なんと想像の半額以下で、1泊60ドル。3食込み。

2泊3日120ドルで、アスワンからルクソールまでのナイル川下りクルーズをしてきた。
納得のお値段で、そうとう楽しめました。

ナイル川クルーズ1
ナイル川観光のハイライト、ナイル川クルーズ。

フローレンス号ロビー
我が船、フローレンス号のロビー。

フローレンス号私の部屋
私の部屋。

デッキのプールサイド
デッキにはプールがあって、暑い日中に、プールから顔だけ出して、流れる景色を眺めるってのが最高。

デッキのカフェ
デッキのプール反対側はカフェになってて、エジプトビール小瓶で600円ほど。

コムオンボ遺跡
途中、車では行きづらい遺跡にも寄ってくれ、上陸・観光できます。
ナイル川中流沿いは、観光客が勝手に個人で単独で観光をすることができない。
陸での移動は警察の護衛が必要。
だからツアーを組むなり、車をチャーターするなりしてから、ある程度人数が集まったところで警察の護衛を付けて行くのが一般的。
船の場合、遺跡に横付けしてくれるので、護衛は必要なく楽チン。

レストランでは3食ともビュッフェ
ご飯は3食ともビュッフェですが、美味しい!
エジプト料理って、美味しいんじゃん。

感じのいいのコック
肉料理を取り分けてくれてるコック。

毎回違うベッドメイキング
ベッドメイキングのある所に、久しぶりに泊まりました。
毎回違ったタオルのメイキング。
こりゃハートにスワンのチューだね。
一人で乗船してるので、このメイキングはちと寂しいなぁ。
他にも、ゴリラが椅子に座ってたり、サルが天井からぶら下がってたり、部屋に戻って毎回サプライズ。

たくましい土産物屋
商魂たくましいボートの土産物屋。
クルーザーに手漕ぎボートで近寄ってきて土産物を売るのだけど、ボートから商品をデッキにうまいこと放り投げ、上から投げたお金を、これまたうまいことキャッチする。



クルーズしていて感じたこと。
古代、ナイル川中心のこのエリアの人が、太陽や星の研究をしたのはすごく自然なことだったと思う。
ナイル川は、世界で一番長い川なのに、流れ出る支流がない。
そして南北を一直線に貫いている。
太陽はナイル川上流を見て、左側から上り、ほぼ真上を通って、右側に沈む。
ナイル川と直角に軌道をとり、毎日必ず生まれそして消えていく太陽。
夜になれば、ナイル川下流、川の流れの真ん中上に、じっとして動かない北極星が輝いている。
ナイル川は北極星を目指して流れているように感じる。

ナイル川のそのみごとな自然的条件があったから、人の知的好奇心ははぐくまれたんだろうな、と感じた。
「エジプトはナイルの賜物」と言うが、その通りだと思う。

■エジプト⑧*ナイル川

ルクソール・ナイル川

エジプトはナイルの賜物っていうけど、納得した。

ナイル川は出口のデルタ地域まで支流がなく、エジプトの砂漠を南から北へ真っ直ぐ一本に貫いた、実にいさぎのいい感じのする河なのだ。

古代、この河沿いに文明が栄えた。
この川は毎年決まった時期に氾濫する。
せっかく植えた農作物も流されてしまう。
だから氾濫時期を予測する「太陽暦」ができた。
それは今から5000年前とも6000年前とも言われている。
現在私たちが使っているグレゴリオ暦は、エジプト暦が元になっている。

1年という概念を作るなんて、超天才!


ナイル川の近くには遺跡がたくさんある。
ギリシア建築が手本にしたという、元祖巨大神殿建造物がエジプトに残っている。
巨大神殿はギリシアが本家かと思っていたよ。
エジプトの方がはるかに古かったのね。

アスワン行き電車チケット
ナイル川と平行して電車が走っている。
電車のチケット。
エジプトの電車は座席が広くて、とても快適。

ルクソール神殿の1本足りないオベリスク
これはエジプトナイル川中域のルクソールにあるルクソール神殿。
1本高い塔(オベリスク)が立っているけど、本当はこれ、入り口の左右に2本あった。
でも1本はフランスに持っていかれ、それは今、パリのコンコルド広場に立っている。

エジプトの貴重な古代の遺跡は、ずいぶんとヨーロッパ諸国に盗まれている。
盗まれたというと語弊があるかもしれないけど、
このオベリスクや、スフィンクスの髭や、ロゼッタストーンや、なにやらかにやら、エジプト各地からかなり持ち去られている。
ロゼッタストーンにいたっては、そのおかげで研究が進み、エジプトの歴史がずいぶんと解き明かされた訳だけど、エジプトは、持ち去った物を返して欲しいとうったえている。

カルナック神殿
エジプト全盛期のカルナック神殿。

アブシンベル神殿
アブシンベル神殿。

ラムセスⅡ像
アブシンベル神殿のラムセス2世像は、1体崩れて冠の部分が下に転がってました。

砂漠の岩
アブシンベル神殿は、エジプトの最南端。
ここへ行く観光のための車やバスは、アスワンという拠点の町で朝3時に、警察のチェックを受け、暗いうちに車列を組んで一斉に出発するのだが、その帰り道の砂漠で見た不思議な光景。
こういうピラミッドみたいな山が、横一列にきれいに等間隔でずらーっと地平線の方まで並んでいる。
朝3時の出発だったから、バスの乗客はほとんど眠ってたけど、これに気づいた人は皆不思議がってました。
走るバスの窓から撮ったので、きれいに撮れてるのはこれしかなくて残念。
岩が侵食されてそこに砂が積もっているんだとは思うけど、ギザの3大ピラミッドに負けじと劣らず不思議だったなぁ。

豊穣の神ミン
おまけ。
古代の豊穣の神、ミン。
王が遠征中に、残った女達の世話をしていたが、王が帰ってきたら、女達が妊娠していて、怒った王に腕と足を切られたそうな。
そんな人でも神様になっちゃうおおらかさ。

リサ婆

カレー屋歴3ヶ月
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で11年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春から間借りでカレー屋を始めましたが、7月31日閉店しました。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

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