■2010年03月

■エジプト②(2010/02/22~)*シナイ山

私の滞在しているダハブはシナイ半島にある。
シナイ半島の観光といえばシナイ山が有名だ。
聖書では、ここでモーセが十戒を受けたとされている。
そのシナイ山の頂上で朝日を拝み、ふもとにある世界遺産の聖カトリーナ修道院を見学するのが、ポピュラーな観光コースだ。

シナイ山日の出
シナイ山からの朝日

シナイ山2
この聖なる山で朝日を拝むため、世界各国から、キリスト教徒・イスラム教徒・観光客がやって来ていて、頂上付近の道は渋滞。

シナイ山1
シナイ山ではベドウィン(遊牧民族)が、ラクダのタクシーをやっている。

シナイ山のベドウィン
シナイ山に登るには、ガイドを付けることを強制されるが、このガイドもすべてベドウィン。
国籍をもたない遊牧民ベドウィンにガイドという職業を与え、定住させるためのエジプトの国策なんだろうと思った。
私のグループのガイドは向かって左の白いターバンの若い男性。
ガイドといっても、特にガイドするものもなく、道も一本道で迷いようがないのだが。

このあたりのベドウィンは、顔がとても似ている。
甘い顔で、痩せてはいるのだが、ガッシリした背の高い、ハンサム。
そして、ワイルド。
初め見たときに「ラッキー!」と思わず心の中で叫んだほど、私のガイドもワイルド&スウィート&ハンサム。

映画「シェルタリングスカイ」を思い出し、こういう人になら連れ去られてもいいわ・・・と妄想。

でもしばらくしたら、きっとこのベドウィン達の衣装も、ジーンズやTシャツに変わっていって、エジプト人と同じようになっていくんだろうなと思うと、少し寂しい感じがした。

■エジプト①*ダハブ(2010/02/22~)

気づけばもう1ヶ月以上ダハブにいる。
ヨルダンからエジプトに船で渡り、エジプト到着後初めに宿をとったのが、このダハブ。
エジプトに来たのに、まだピラミッドを見ていない。

ダハブ到着
(ダハブの入り口)

海岸沿い
(ダハブの静かなエリア)

ダハブはシナイ半島の北東、細長い紅海の奥のさらに細長いアカバ湾に面している。
アカバ湾に流出する河川はないので、海が綺麗だ。
宿の目の前の海は青く、波打ち際すぐからサンゴ礁がひろがり、私の部屋から1分以内で、熱帯魚の水槽の世界にリアルに入れる。

こんなに美しい海岸を持つ海は世界でも珍しいと、世界中の海を潜ってきたダイバーが言っている。

マシュラバ山側
(私の滞在する、マシュラバというエリアの橋の西側)

マシュラバの橋
(マシュラバの橋から見た北側)

マシュラバ海側
(マシュラバの橋から見た北東側)

ここは世界的に有名な、ダイビング・シュノーケルのスポットで、長期滞在の外国人ダイバーが多く住んでいる。
日本人ダイバーもいる。

欧米人や日本人のような外国人の多く住む場所は、だいたいどこの国でも、必要な物はだいたい手に入る。
ネットもできる。
長期滞在に適した環境ができあがっている。
海岸線は、天井もしくはパラソルのあるオープンエアのレストランが浜辺に連なっている。

宿の前
(宿の前の、海岸線に伸びるメインストリート)

レストランの魚
(目の前の海で捕ったという、メインストリートのレストランの魚)

ライトハウス
(海岸線のレストラン)

近所のレストラン
(波打ち際にたつオープンエアのレストラン、私の座っている長椅子の横はすぐ海)

ミートパイ屋
(海岸から少し離れたミートパイ屋)


私は、ダハブの美しい海とその立地が気に入っている。
ダハブの面するアカバ湾は、細長く、水平線の向こう側にサウジアラビアが見える。

日本人の個人旅行での入国が許されていないサウジアラビアを眺め、色んな思いを馳せる。
すぐ目の前にあるのに訪れることを許されない土地、
荒涼とした山と大地、しかしながら夜になると所々に明かりがともる。

イールガーデン方向
(向こう側はサウジアラビア)


ダハブでは生まれて初めてスキューバダイビングをした。
一度やってみたかった、ダイビング。

体験して良かった。

水の中で呼吸をすることが、精神的にこんなに困難だとは初めて知った。
私の心と体は、日常の常識に縛られていることがわかった。

そして、人間て、すごいこと考え出すなと感心した。

1回のダイビングで得たことを生かして、ときどきシュノーケリングを楽しんでいる。
過去にもシュノーケリングをしたことはあったが、ダイビングを経験してからは楽しみ方が広くなった。

海の中はカラフルで美しい魚や貝やサンゴたちばかりでなく、案外グロテスクな生き物が多い。
はじめましてのグロテスクに出会ったときは、恐怖で肝がすくむ。
私は自分で好奇心旺盛な方だと思っていたが、どうやらかなり臆病者らしい。


気が向いたら海に入り、疑問に思っていることを解決したり、
なんて贅沢な休日をすごしているんだと、今さらながらダハブで実感する。


コシャリ
(おまけ。エジプトフードのコシャリ。)

■再びヨルダン(2010/02/16~22)ぺトラ

前回死海に行ったメンバーとはまた別のメンバーで、死海経由でぺトラに来た。

ペトラ遺跡入り口
ぺトラ遺跡の入場券には、入り口ゲートから200~300メートルほど行った遺跡の入り口まで、馬で行く料金が含まれている。

ペトラ1
こんな感じの谷の道を進んで行くと・・・・

ペトラ2
こんな遺跡が見えてきます。
ここは、映画「インディー・ジョーンズ 最後の聖戦」の舞台になっています。

ペトラ3
岩を掘って造った廟。

ペトラのイケメン
赤い格子のスカーフと長いワンピースは遊牧民ベドウィンの衣装。
中東のベドウィンは、みな顔がとても似ているのだが、それがとても端正な顔立ちで、しかもリアルにワイルド。


ペトラ遺跡の終点の丘から
ぺトラ遺跡の終点。

ぺトラで泊まった宿は気が利いていて、毎晩映画「インディージョーンズ」をロビーで上映している。
実物を見てから映画を見ると、なかなかに面白い。

ペトラ近くの宿の部屋に飾ってあった写真
素敵な写真が部屋に飾ってあった。
この辺りにいそうでいなさそうな、そんな写真。

この宿では、この旅で2人目の、日本人女性とのサシの部屋シェア。
産婆さんをやっている短期旅行の若いAちゃんは、はっきりした前向きな性格で、一緒にいた丸2日間とても楽しかった。


旅行に出るとたくさんの人に出会える。
それがまた楽しい。

■再びヨルダン(2010/02/16~22)写真

ヨルダンは好きな国だ。
シリアに比べて品がある。
イスラエルとも、なんとか折り合いつけてやっている。
なにより国王がイケメンである。
憧れの死海があり、映画で観たことあるペトラもある。


アンマン城から見た街
アンマンの街の小高い丘の上アンマン城からの眺め。
むこうに見えるは、どデカイ国旗。
大きさでギネスブックに申請したが、却下されたそうだ。
しかし本当に大きい。
その旗だけがスローモーションでたなびいている。


アブドゥラ国王
アブドゥラ現国王(右)


アブドゥラ国王と王子
アブドゥラ国王と王子。


ヨルダンの紙幣
イスラエル領土内エルサレムの「岩のドーム」
もともとエルサレムはヨルダンだったが、イスラエルに占領され、ヨルダンはこの一帯エリアを放棄。
しかし、ヨルダンの推薦でエルサレム旧市街が世界遺産になり、破壊行為を行えば、世界的非難を受ける事になる。
ヨルダンは紙幣にイスラエル領土内のドーム(モスク)をデザインし、静かにエルサレムをうかがっている気がした。


JICAが造った道路
JICAが造った道路。
死海やハママートマイン(温泉)を結ぶ。
私が乗ったタクシーの運転手は、この道路を大変ほめていた。


標高0メートル以下
ずいぶんと標高の高い山にいるようだけど、
ここの標高はマイナス。
標高0メートル地点から、やや下がったところ。
この谷の下に温泉が沸いている。
日本人4人でタクシーをシェアして、ハママートマイン(温泉)と死海(標高マイナス400メートル)へ行くところ。


アンマンからペトラ1
ワイルドな死海周辺。


ヨルダン側死海
死海にも3回も来れば、かなり慣れてきました。


ヨルダンの水着
ヨルダンの水着。
着ている女性はいませんでした。
ヨルダン側死海は、イスラエル側と違い、水着の女性は外国人観光客しかいない。
現地女性は洋服着たまま、波打ち際で遊んでる。
ここで水着になるのは、湘南の海水浴場をトップレスで歩くのと同じ事。
かなり勇気が必要。


死海泥パック
死海の底の塩の層のさらに下の層に泥。
パックするとお肌つるつる。


自分で採取したパック用死海の泥
このように死海から採ってきた泥をペットボトルに入れて持ち歩いています。


死海のリゾート
死海のリゾート施設。
1300~1800円くらいで利用できます。


死海の夕日
死海から見た夕日。


■イスラエル(2010/02/10~16)*テルアビブからペイキン

ヤッホから見たテルアビブ
テルアビブは地中海に面したイスラエルの大都市。
垢抜けた街で、ユダヤ教徒スタイルの黒いスーツの人はほとんど見かけない。
自由な街。
なんでもあり。
スーパーでは、通常ユダヤ教徒は食べない豚肉をたくさん売っているし、寿司屋も多い。


テルアビブの寿司屋のメニュー

テルアビブの寿司屋

テルアビブの寿司
ダマスカスからアンマンまで一緒に国境越えした日本人A太郎さんと、再びエルサレムで会ったので、テルアビブまで一緒に来た。
板前であるA太郎さんが乱立ぎみで競争の激しい寿司屋に食べに行くというので、海外の寿司屋に興味があった私も一緒に行く事にした。
海外でよく聞く寿司屋の話は、回っている寿司屋のほうが高級。
日本とは逆です。
カジュアルではあるが1皿800円以上するこの回る寿司屋は、地元の人たちでいっぱいだった。
味もなかなか美味しい。
寿司として美味しいのではない。
こういう料理として美味しい。
原型は寿司であろうこの味やこのデザインの、こういった料理を是非とも日本でも食べたい。
ちなみに板さんはタイ人で、仕事をきっちりやる人。
作るのを見てるのは楽しかった。


ガミラシークレット本店

ペイキン村のガミラシークレット
そして、日本では一部の人達に話題になっている様子の「ガミラシークレット石鹸」の本店。
この石鹸はごく当たり前のオリーブ石鹸なのだが、配合が特別らしい。
高い値段での輸出が専門で、イスラエルの人は誰も知らない。
日本では相当高価らしいが、こちら本店でもかなり高価。
石鹸1個が800円程。
アレッポで800円出せばアレッポ石鹸が2キロ買える。
石鹸以外にもクリームなど色々売っている。
試しにクリームを塗ったが、そんなに高価な物とは感じられず。
販売員は流暢な英語を話す、商売気旺盛な女性。
記念に1個だけ石鹸を買ってみた。


ガミラシークレットと向かいの店の石鹸
ガミラシークレット本店の向かいに村の土産物屋がある。
そこはガミラの1/3ほどの値段だが、見た目はほとんど変わらない。
左=土産物屋の石鹸、右=ガミラシークレット。
もともとこの村は、手作りの物の品や味がいいので有名なので、この土産物屋の石鹸も試そうと思い見ていると、
店のおばさんが「このオイルがオススメ」といってザクロオイルを出してきた。
化粧品のビンに入っているのだが、食べる事も出来るといい、味をみさせてくれた。
甘酸っぱいオイル、とても美味しい。
共通の言語がない私にそのおばさんは「顔にぬるとシワが取れるよ」とジェスチャーした。
試しに手の甲に塗ったとたんに、さらっとしたオイルはみるみる皮膚に吸収され、手の甲がつるつるさらさらになった。
スゴイ物を見つけた!
さっそく1本購入。
ザクロオイル


イスラエルや中東は、コスメ天国。
死海のミネラルを使ったパックやクリームから、質のいいオリーブオイルで作った物まで、さまざまな物があり、一人の女子として、数々購入。
死海の泥パックにいたっては、自分で収集。
品質が高い。
浮かれます。

■イスラエル(2010/02/10~16)*マサダと死海

死海に遊びに行った。
シリアのダマスカスで再会したHちゃんと、ヨルダン側の死海に一緒に行こうという話は、お互いの予定が合わずに行けず、とりあえず私はイスラエル側死海に行く事にした。

死海はヨルダンとイスラエルにまたがっている塩湖。
死海の名の通り、生物は生きてはいけないほど塩分が強い。
死海からは流れ出る河がない。
そのはず、死海の標高はマイナス400メートル。
標高の高い海へは流れ出れない。
世界でもっとも標高の低い水面。


マサダ
死海を見渡せる絶海のビューポイントであり、かつ世界遺産のマサダに行く。
マサダは荒地の丘に建つ城跡で、宮崎駿の「天空の城ラピュタ」を思い出した。
壮大な景色はまさに天空から見ているよう。
見渡す限り荒地、そして死海が見える。
死海のあたりはモヤがかかってて、対岸のヨルダンを見るのは難しい。


マサダのバス停
マサダのバス停。
この日は金曜日。
イスラエルの金曜日は午後からバスが運休になるので、急いで死海へ向かいたくとも、もともと1日に数本しかないバス。
なかなかこない。


死海
死海はもっとリゾート開発されているのかと思ったら、ほとんど手付かずの自然の中にある。


死海お決まりのポーズ
死海にきたらお決まりのこのポーズ。
感動的に浮きます。
逆に、一度浮いたら、足が下にさがらないので、立ち上がりづらい。
バランスを崩しておぼれそうになる。


死海の波打ち際
波打ち際は塩の結晶。
このエリアは、塩の岩場のようになっている。


すっかり死海に興味をもってしまった。
これは楽しい。

標高が上がれば気温が下がるのは知っていたが、標高が下がると気温が上がる事を知った。

このビーチは硫黄の匂いがして、温泉が出ている。
温泉といっても塩水の温泉。

■イスラエル(2010/02/10~16)*エルサレムとベツレヘム

嘆きの壁
エルサレムの嘆きの壁。ここはユダヤ教徒の聖地。
このすぐ隣にイスラム教の聖地。岩のドームがあり、
すぐ近くにキリスト教の聖地、ゴルゴダの丘がある。
このすべてが約800メートル四方の塀に囲まれた小さなエルサレム旧市街に詰まっている。
塀の内側はこれらの宗教の人たちが生活もしている。
こんな狭い場所で仲違いするもの同士が一緒に生活をしていれば、どういうことになるのか想像がつきやすい。


キリストの墓
エルサレム、ゴルゴダの丘。
丘といっても、今は教会が建っていて、丘のイメージとは違う。
キリストが処刑された場所。
これはキリストの墓。


イスラエルの紙幣
イスラエルの紙幣は、縦に肖像画を配しためずらしい紙幣。


ユダヤ教徒用に調理してあるマクドナルド
ユダヤ教徒が食べるものは、宗教上の処理を必要とする(コシャリフード)。
ユダヤ教徒が安心して食べられるコシャリのマクドナルド。
ロゴマークってものはスゴイな。
マークがなけりゃ、マクドナルドと気づかなかった。


キリストの生まれた跡の教会
これはパレスチナ自治区ベツレヘムの、キリストが生まれた跡に建てられた教会。


ベツレヘムのケバブ屋
イスラエルとパレスチナ自治区は、同じ通貨を使っているが、その価値はまったく違う。
同じようなアラブ風サンドイッチの値段も、場所によってはイスラエル50、パレスチナ2、ほども違う。
これはパレスチナ自治区ベツレヘムの美味しくて安いケバブサンド屋。


ベツレヘムの露天店
パレスチナ自治区は、延べ700キロメートルの塀で囲まれた広いエリア。
ここに来る前に想像していたパレスチナのイメージは、物にも困り貧窮な生活を狭い場所で送らされているのではないか、といったものだったが、パレスチナ自治区はかなり広い。
そこにはごく普通の中東の町があり、文化的で人々も親切だった。
人々に政治的ストレスがあることは察するが、のんびり平和な様子もうかがえる。
今は亡き、アラファト議長の写真も幹線道路で見ることができる。
パレスチナ住民は塀の外には出られず、イスラエルからの入植者は増えていて、これがまた紛争の素となっている。
700キロにわたる塀でパレスチナ人居住区を囲うなんてことを、ユダヤ人がするなんて不思議。
これはパレスチナゲットーではないの?と思った。


リサ婆

現在無職。日本在住。
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で12年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春からカレー屋をやるべく、現在奮闘中。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

カレンダー

02 | 2010/03 | 04
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

おこしくださりありがとう