■2008年12月

■中国*広西チワン族自治区*陽朔③

中国地名、日本語での読み方の不思議。

中国では、日本語での読み方で地名を話しても全く通じない。

広州はコウシュウ→グァンジョウ
龍岩はリュウガン→ロンジェン
桂林はケイリン→クイリン
陽朔はヨウサク→ヨンシュオ

なぜ日本語では現地読みをしないのでしょうか?

それは日本の漢字ではそのように読まないからだよ。というのは違う。
北海道や沖縄の地名はどうなのだ。
通常は読まない読み方の地名がたくさんあり、一般的に現地読みしている。

いちいち中国読みしてるときりがないから、と言われればそうなのかもしれないが、
上海はどうなる。
上をシャン海をハイなんて普通読まない。
シャンハイは、どこでも通じる。

不思議なのがアモイ。
アモイはおそらく日本漢字では通常使わない字なのだろう、日本では通常カタカナで表記される。
なのに、現地読みはシアメン。
日本人も読めない漢字なら、初めからシアメンと読めばいいじゃないか。

それは上海が有名な場所だからですよ、と言われてもそれは違う。
中国の首都北京はどうなる。
ペキンではなくベイジンだ。


この日本語読みで地名を覚えて、なんと不都合なことよ!

だいたい私は、受け入れて否定もしないけど外人が東京をトキヨと言うのがあまり好きではない。
トウキョウだろ。
発音できないなら仕方ない。
トキヨでも意味がわかるから許す。
JRの車内アナウンスなども駅名は日本語のイントネーションでやって欲しい。
地下鉄は日本語のイントネーションで言うのでよろしい。


最近は筆談もかなり減り、買い物や食堂でのやり取りは、会話だけでできることが多くなってきた。
今まで訪れた街の名前は言えるようになったけど、この先どこ行くのと聞かれると、フッと詰まってしまう。
マジで日本語読みまったく通じない。
中国人にもその他の国の人にもだ。

なぜ日本語では、世界的には通用しない中国地名の読み方をするのか、わかる人がいたら教えて欲しい。

■中国*広西チワン族自治区*陽朔②

ここ陽朔は、小さな町のわりに、外国人観光客がたくさん宿泊していて、英語も通じ、とても気に入りました。
通常の日本のツアーは、桂林から水墨画のような景色の中を船でクルーズして、終点のこの町は素通りですが、桂林よりこちらに宿泊した方が、イメージ通りの水墨画の世界を味わえます。
リージャン河クルーズ 部屋からの眺め
リージャン河クルーズと陽朔の部屋からの景色

桂林に着いてからこの陽朔まで、1週間いますがずっと曇りか雨です。
陽朔で晴れになるまで滞在しようと思ったのに、一向に晴れる気配がありません。
宿の人に聞くと、ずっと晴れないと言われました。
1年中このような気候なのか、はたまた雨季なのかわかりませんが、とにかく寒くて、日本から持ってきた服を重ね着ですよ。

中国のご飯は、チャーハンもおかずもだいたい4人前くらいあるので、一人で食べるのには制限があります。
一人用の食堂もあるのですが、メニューの種類は限られます。
広東省では、お粥と腸粉(生春巻きの皮みたいなのに具が入っている暖かい食べ物)。
お粥

客家の村では牛肉丸。
牛肉丸

ここでは冷麦より太めのビーフンのラーメンと釜飯って感じです。
ビーフンは、トッピングに大根やインゲンの漬物など数種類をのせ放題。
あと夜は屋台の、魚、肉、野菜の串焼き。
桂林米粉 砂鍋飯 屋台の串焼き

どれもハズレなしに美味しいけど、食したことのない食材が多く、その後激しい胃痛に悩まされることしばし。

先日陽朔で、中国に入って初めて日本人のバックパッカーに会ったので、ここの名物のビール魚を一緒に食べに行きました。
ビール魚(川魚の臭みを消すためにビールを使っているらしい)とチャーハン頼んだけど、やはり4人分くらいありました。
ビーチュウ魚

桂林以降気づいたのですが、味付けが辛くなっています。
何を頼んでもうっすら辛い、もしくは食べれないほど辛い。
あんまり辛いとシャックリが出るということもわかりました。
胃痛はこの辛さが原因かも。
私、相当な辛いもの好きなのですが、想像の範疇を超えるものにも出会いましたよ。

おそらく私のおせち料理はビーフンラーメンと釜飯です。
お餅は、きなこ大福で代用ってところでしょう。

きなこ大福がうまい!

だいたい私はどこの国でも、子供が食べているものを試すのだけど、これまたいつも大正解。
子供の食べているものは万国共通美味しい。

一人で寂しい正月もまた良きかな。

■中国*広西チワン族自治区(グァンシーチュアンズーズージーチュウ)*陽朔(ヨンシュオ)

日本は、今年がよい年だった人も、今年のことを忘れたい人も、慌しく忘年会などあって、盛り上がっていることでしょう。

こちら中国は、まだクリスマスモードです。
街中のサンタクロースの飾りつけもそのまんま。
メリークリスマス御好評につき、来年まで延長しますって感じ。

広西チワン族自治区の陽朔(ヨンシュオ)にいます。
ここは水墨画の景色で有名な、桂林(クイリン)から65キロの河下りで終点となる、陽朔という小さな町です。
船が到着する14時~15時に船着場に行けば、日本人ツアー客がたくさん来るので、こっそりそれに便乗し、日本語ガイドで町のことを勉強してます。
この落ち着いた小さな町がたいへん気に入ったので、ここで年を越そうと思います。

中国に入って約3週間。
新しい発見やら、、新しい疑問や、今までの疑問が解決した気がする事など、今日は書きます。

今までの私の中国人のイメージは、
気が短い
愛想がない
並ばない
ゴミをどこにでも捨てる
などです。

気が短い、愛想がないというのは、どこの国もそういう人はいるもので、特に中国人がそうだとは今のところ感じません。
筆談が始まると、メモ帳1枚びっしり書いてくれたりします。
私としては、そんな長文じゃ解らないから、単語で書いてくれよと思いますが、一般の人達にこの傾向があります。
ホテルや食堂やショップの人は短文で書いてくれますけどね。
こちらが解るまで教えてくれますよ。
あまりラチガあかない時は、私の方から退散します。
筆談


並ばない、は、どうしてか解りました。
こちらの、信号、電車、バス、事情です。
中国はやたら広く、両側10車線なんて道路は普通で、中央分離帯で区切られ1キロ先まで向こう側に渡れないなんてザラです。
なのに歩行者の青信号ったら、数秒しかないのです。
皆で渡って車に止まってもらうしかありません。
電車もバスもそうです。
とっくに到着してるのに、出発時間になって数秒ドアが開きます。
降りる時もそうです。
はじめこれに気付かず、バスから降りるとき、押し合い降りようとする中国人の後に人一人分の間隔を空けて降りようとしたら、鼻先でドアを閉められ、あやうく降り損ねるところでした。
とにかく団子状になってないと、不都合なのです。

ゴミをどこにでも捨てる。
たしかにそうなのですが、これには発見がありました。
中国はディズニーランドのようです。
町にはほとんどゴミは落ちていません。
ゴミを路上に捨てると、掃除人がさっそく掃除します。
今まで訪れた街や町はすべてそうでした。
掃除人の多いこと多いこと。
ゴミを捨ててもすぐにキレイにしてくれるので、気にすることはありません。
どこにでも掃除専門の人がいます。
でもこれは、その国民性に気付いた中国政府の、最近の国策なのではないかしらと思いました。
中国人が皆、ゴミ箱に捨てるようになったら、このおびただしい数の掃除人はきっと失業してしまうのでしょう。
街中にはたくさんゴミ箱も公衆トイレもあり、路上にゴミを捨てる習慣のない私としては、ゴミ箱に捨てていますが、街もトイレも想像とは大きく違いキレイです。

トイレといえば、気になる人が多いと思うので、今日はその写真をのせます。



公衆トイレ
ごく普通の公衆トイレ
ドア付きのトイレもたくさんありますが、カギはない(あっても壊れている)ことがほとんど。


田螺坑村 私の泊まった振成楼 円楼内
客家円楼の通常トイレ
円楼内の通常トイレ。
通路にあります。
実際に住人はこれを使っています。


円楼の私用トイレ
円楼の私用のトイレ
蓋付きのバケツです。
水道は1階まで行かないとないので、手を洗うのは省略。
円楼内は、窓はあってもガラスがないので寒い。
したがってトイレも近くなり、そばにあるのは安心。


■中国*福建省*客家土楼

PCいじくってたら日本語インストールされちゃった。
宿の人もOKしてくれたよ。

ここは今年、世界遺産に認定された客家の村。
これから観光客増えると思われるし、まぁ客家人宿にただで借りてるPCだけど、
日本語インストールしても、不都合がないと信じるよ。


客家人の住む円楼。
来て良かった。
ここに来ただけでも、中国に来たかいあったよ。
たどり着くまで、緊張の連続だったからね。
近くに(50キロ離れてるけど、ここではそれは近所)温泉もあり、気に入りました。

あ、もう皆、寝るみたいなので、またこんど。

■ちゅうごく * スワトゥ

こちら ちゅうごく ては
いんた-ねっとは にっぽんの げ-せん みたいな ところて やります
がめんに 50おんが ひょうじされ もじを くりっく すると うちこめます

ない もじ も あります
て に てんてん が このみせ ては てきません
ゑ ゐ があるのだから て に てんてん も いれて ほしいぞ

よ を くりっくしても わ が てるし
とにかく うちこみに じかんが かかります


すうじつまえ から わたしは たらいまわし に なってます
はっかじん の すむ ろうかく に いきたくて
コウモン から ろうかくに ちかい ウメシュウ まて 1にち かけて きました
ここから そのむら まて バスが てていると きいたから てす
そしたら それは ここから はんにち かかる スワトゥ からしか いけない と いわれ
よくじつ スワトゥ に きました
さきほど スワトゥ に ついたのて ぱすた-みなるて そのむら まて の いきかたをきくと
ここから はんにち かかる ロンガン からしか いけない と いわれました
あす ロンガン に いきますが はたして わたしは ろうかく に たどりつけるのて しょうか


しかし ここは はんかち て ゆうめい な スワトゥ
きたい に むね おどらせて きましたが
スワトゥ に スワトゥ なし
まちなか には ししゅう の し の じ も ありゃしません
がっくり

たらいまわし て きも が すわって きました
おいしい たぺものや が どれか わかって きたし
とにかく ひと の やさしさ が わかってきた
いままての ちゅうごくじん の いめ-じ が おおきく かわりました
こまっていると みんな あつまってきて
さいぜん の さくを かんがえて くれている のが わかります

こんどは ひと の やさしさ に なきそう てす


ちなみに わたし の こんぱん の やど が ぐ-ぐるまっぷ に あった のて
ま-く しました
ちゅうごく ての やど は いまのところ どの やど も 30-40へぃべい と ひろく
てれび たおる ほっとしゃわ- えあこん おちゃ つき
きょうの やどは 88げん やく 1200えん てす


■ちゅうごく うめけん

ひび こんらん

ひさしぶりに なきそぅ

しかし もう わらうしか ない ほど すべてが わからん

ほてるが どこも やすくて きれい だけ が すくい

あたらしい かんかく だよ

ちゅうごく すごいぞ

■香港 - 序章

12月6日深夜、学生時代からの友人トモコと香港の空港に降り立ったはいいが、困った。
飛行機が大幅に遅れ、23時をまわっているのに、私達は泊まるところを決めていない。
私は初めての香港で、そして宿を取るのは私の担当になっていた。
私一人じゃないということを忘れていた訳ではないが、忘れていた。
「るるぶ 香港グルメ&ショッピング」を空港で買ったトモコを、九龍アヘン窟のような所へ泊めるわけにはいかない。

そういえば、元リサバーの常連のお客様が、その日香港に競馬をしに来ていると聞いていたので、
同じホテルに宿をとれないか携帯電話をかけてみた。

日航ホテルに泊まっていたそのお客様ががんばってくれ、私達が街中に到着するまでに、
日航とはいかないものの、日航より立地のいいホテルをとってくれていた。

こうなったらもう、リサバー香港営業だ。
いまこそ水商売で培ったものをすべて出さねば。

翌日から二日間、怒涛の「ふかひれ」「あわび」「ツバメの巣」「伊勢海老(香港海老?)」三昧となる。

香港の高級グルメは納得するまでできた。
美味しかった。


8日お客様が日本に帰り、
10日トモコが帰国して、私ひとりぼっちになった。

今、九龍の安宿のフロントから書き込んでいる。

いろいろ楽しめるのも私流。
栄養もつけたし、これからは慣れ親しんだ貧乏旅行が始まる。



ビクトリアピーク
お決まりのビクトリアピークで、トモコが撮ってくれた写真

三昧レストランの一つ
三昧中。銀座にも東京支店がある「福臨門」

一人での食堂
一人になって初めての晩御飯の食堂


*太った、丸くなった等の苦情は、こちらの現地で聞きます。

■出発

休暇の旅行にしばらく行ってきます。

今日の鎌倉は天気が良く、気持ちのいい日になりました。
こんなに晴れ晴れしく、気持ちのいい旅になる事を期待しています。

今日は香港に飛びます。

では、行ってきます。

■お守り

おそらく今年最後の国内での外飲みをしてきた。
鎌倉在住のアーティストU美が、大船に肉屋がやってる美味しい焼き鳥屋があるっていうので、二人で行ってきた。
美味しい肴でお腹いっぱいにした後まだ時間が早かったので、すぐ近くの友人がやってる飲み屋に二人で行った。

この店のオーナーS平とは随分前に、新宿ゴールデン街で知り合い、偶然にも彼は高校の後輩であった。
彼はよく全裸で飲んでいた。
最後に会った3年前もそうだった。
その日私は自分の店で、過剰防衛で傷害事件になりかねない派手な立ち回りをしでかし、
警察来るなら来い、と興奮状態の中ゴールデン街のバーで飲んでいると、
そこへ彼は全裸で入ってきた。
私の隣に座り、興奮した私をただただなだめてくれた。
全裸の人になだめられ、我に帰ったのを覚えている。

その彼S平が社員に任せているその店に入ると、すぐにS平も入ってきた。
まさか会えると思わなかった、などどひとまず挨拶をかわし、
近況報告となった。

ゴールデン街や鎌倉に、すでに3店舗を構えているS平が今取り組んでいるのは、
ロックでポップな農業。
コミューンでの自給自足的なものではなく、社会性をもった地産地消。
しかもそれはロックでポップでなければならないと。

楽しくなった。
S平、あんたなら必ずできる。

隣で聞いていたU美もえらく興味をもったらしく、手伝わせてくださいと申し出ていた。

旅好きなS平に、
私が旅から帰ってきて仕事を見い出せなかったら、とりあえず働かせてね、
と、なかば冗談で言うと、快くOKしてくれた。

帰国後の収入のことは、これで旅行中深く心配せずに済む。
強い「お守り」だ。

帰りぎわ、U美がお餞別をくれた。
U美が作ったお守り。
幸せを呼ぶお守りに感じた。

お守り 酒冠のお守り

■N子さん

昨日、友人がやっているカフェに行った。
早稲田の大学正門近くにある、トラベルブック&カフェ。
ただ旅行ガイドブックが置いてあるのではなく、
そこの本を読めば旅に行きたくなるような、
旅に行った気になるような本が壁一面に並び、客は自由にそれを読める。

私が旅立つというので、友人達が集まってくれた。

人生の旅人であるこの友人達には、ある共通の友人がいる。
インドのダラムサラに住んでいる、N子さん。

20代の頃、私がまだ四谷シモンの人形学校に通っていた時、
彼女も私より早くからそこに通っており、同じ大学の先輩だった彼女を、友人が紹介してくれた。

その後私が初めてインドに旅立つ時、彼女もまたインドに居た。
今はダラムサラでレストランをやっている。

そのカフェでN子さんの話になった。

友人の一人が言った。
俺はN子さんが俺に言ってくれた「あなたなら大丈夫」という言葉を、滅入った時はいつも思い出す。
別の友人も教えてくれた。
俺も時々N子さんが俺にくれた言葉を思い出し、それで困難を乗り超えられる。

N子さん。偉大な女性。
いや偉大なんてそんなありふれた言葉では表せない。
あたためてN子さんという人を知った気がした。
そんな女性に私もなりたい。

家に帰りそろそろ寝ようとしていると、インド旅行中の妹からメールが来た。
妹には、ダラムサラに行くならN子さんに会いに行くよう言っていた。
「ダラムサラでお世話になったN子さんのメールアドレスです。」
さっそくN子さんに、その日の出来事をメールした。

リサ婆

カレー屋歴3ヶ月
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で11年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春から間借りでカレー屋を始めましたが、7月31日閉店しました。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

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