■*シリア

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■シリア

今、世界中が注目している中東情勢。

私は6年ほど前に、トルコ・シリア・イランなどの中東の国を旅したことがあり、中東に対する思い入れが、そこいらへんの日本人よりもあるので、最近の中東情勢を真剣に見ている。
シリアには20日間ほど滞在したことがあるのだけれど、アレッポはすごく好きな街だったし、デリゾールは人がとても親切な町だった。ホムスは素敵にやさしいバスの運転手さんがいたし、パルミラは遺跡が印象的だった。

おそらくどこも今は面影も残さないほどに破壊され、私が出会った人の多数が殺されたのだと思う。

哀悼の意を表して、人々がごく普通に日常を過ごしていた時のシリアの写真を掲載します。
写真に写っている方とご家族がご無事であることを祈ります。

まずはシリアのアレッポ編。

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アレッポ城から見たアレッポの街並み。

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アレッポの、色々な店屋が立ち並ぶ繁華街の道。

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何の魚だろうか?魚屋さん。

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石鹸の世界的有名な産地アレッポ。数ある石鹸屋の中でも最も気に入った石鹸屋さん。アレッポ石鹸はまだ作ることができるのだろうか?

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スーク(アラブ式アーケード商店街)の中の香辛料屋さん。

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ナッツや豆を売る乾物屋さん。日本式「おかき」はかなり高価で売ってました。

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中東には水タバコを楽しむカフェは多く、私は現地人のおっさんに連れて行ってもらったり、ツーリストと一緒に行ったり、挙句の果てに一人でも行ってました。ここはカフェではなく、パイプを売る店。シリアの水パイプは、デザインの良さとコスパが最高。

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生ジュース屋さん。イケメン揃いで、思わずフラフラと吸い寄せられて入りました。

ますますドロ沼化しているシリア。
各国の事情や欲望が渦巻くシリア。
この先どのようになっていくのか注目したい。

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■政治的な話じゃないけどアサド大統領のこと。

最近日本のニュースではあまり報じられなくなってしまったけど、チュニジアからエジプト、リビアやイエメンやバーレーンやシリアにまで広がった民主化運動。
私は、エジプトとシリアを旅行したことがあるので、これらのニュースには興味がある。

そこでちょっと気になった事。
シリアのアサド大統領。

私が訪れたのは2010年1月~2月。
この頃は街の中いたるところに大統領バッシャール・アサド氏の写真が飾られていた。
ホテルのフロントや商店の中はもちろん、街中あふれていた。
まぁこれはシリアに限らず、おとなりヨルダンでは街中アブドゥラ国王の写真だらけだし、そういう国は他にもある。
アサド大統領の顔は、気弱なお坊ちゃん的な感じでなんとなく頼りなく、私のタイプではなかったし、「この人がホントに一国の大統領?」と思っていた。
そのひときわ大きな写真を入り口に掲げた政府機関は、私のイメージするゲリラのアジトみたいだったし、
その政府機関のガイドは、私が訪れたゴラン高原のクネイトラで露出狂だった。
それはさておき、
バッシャール・アサドはまるで映画の主人公だと思った事がある。

バッシャール・アサドは前大統領のハーフィズ・アサドの次男で、前大統領は長男のバーセル・アサドを後継者に考えていた。
だから父前大統領は、兄弟間の争いがないように、次男のバッシャールをイギリスに留学させ眼科医の勉強をさせていた。
ところが長男バーセルが突然交通事故で亡くなったのだ。
次男バッシャールは留学を中断しシリアに戻り、父の後継者になった。

なんだか映画「ゴッドファーザー」のようだ。
ドン・コルレオーネは長男ソニーを後継者に考えていたので、三男マイケルには学業の道を歩ませていた。
しかし長男ソニーが殺され、その業界に無縁だった三男マイケルがドンの後継者になる。

アサド家は、シリアでは少数派のイスラムシーア派(の一派)で、少数派が多数派のイスラムスンニー派を支配しているのだが、バッシャールの奥さんはスンニー派で、他の宗派との結婚は一般的ではないイスラムの国で、なんだかこういうところもドラマっぽい。

でも、バッシャール・アサドの気弱そうな顔を見てると、とてもゴッドファーザーのマイケルとは違う気がする。
肩書きは大統領でも、父の仲間やしがらみに取り巻かれ、政治に浅いバッシャールは何もできない立場にいると思う。

シリアで2000人の市民が殺されているというニュースを聞くと、たしかにそれは事実だと思うが、「独裁者バッシャール・アサド」が独裁ふるってやっていることとは思えない。
政権が倒れたらバッシャールは死刑になることもあるだろう。
もしそうなれば、取り巻いていた連中も、世界中の誰もかれもが彼を非難するんだろうな。

気弱なお坊ちゃん顔のバッシャール・アサドのことをふと思う今日この頃です。

■シリア*ダマスカス(2010年1月31日~)③

ダマスカスの街

ダマスカス1
ホテルから病院方向をつなぐ大きな道。ソニーの看板のビルの近くに私の宿泊ホテルがある。

ダマスカス2
ホテルとスークのあいだ

ダマスカス3
大使館エリアの近く

ダマスカスの駅跡
新しい駅が近くにできたので、古い駅は鉄道写真館のようになっていて、ホールでは古本を売っていた。

ダマスカスのスーク
かなり大きいスーク(屋根つきマーケット。日本で言えばアーケード商店街。)

ダマスカスのスークのスカーフ屋
ディスプレイがかわいい

ダマスカスの店
はくしょん大魔王を思い出す

ダマスカスのスークのアイスクリーム屋2
スークの中のお気に入りのアイスクリーム屋。毎日かよった。

ダマスカスのスークのアイスクリーム屋
シリア人にも大人気

ダマスカスのスークのアイスクリーム
ゲンコツ2個分もあって、50sp(100円)

ダマスカスのスーク突き当たりのモスク
ウマイヤ朝時代のウマイヤドモスク
壁のモザイクが今まで見たブルーのモザイクのモスクとはまったく違った。
緑色と金色のモザイク。

モスクのコーラン
ウマイヤドモスクの中。
コーランを初めて手にとって見た。
美しすぎる。
書かれているというか描かれている美しさは、デザインの本を見ているようで、読めなくても、しばらく眺めていた。
どのコーランも、本によってページのデザインが違って、同じ内容をこんなにたくさんのデザインで出している本って、他に知らない。
イスラムの美意識は高い。

ノックの手
ホテルのドアのノックの手。
民家のドアにもたまに、この手がついている。

ダマスカスの病院
私が検査に行った病院。

ダマスカスの病院2
病院内。


検査結果が出たのだが、なんともないとのこと。
結果書いた紙みたら、血液が混ざっているかどうかを調べてる!
アホかっ!
ジアルジアの虫がいるかどうか調べるのがスジだろうが!

私は誤診だと思っている。
病院の近くに英語が通じそうな綺麗な薬局があったので、
「ジアルジア用の抗生物質ください」と言ってみたら、
「下痢と吐き気があるのですね」と薬局の人は、すんなり薬を出してきた。
100sp(200円)。あららインドと同じ値段。
なんだー、処方箋なくても買えるんじゃん!!
初めから薬局行けば良かったよ。
この5日間は何だったんだ!
ま、この5日間で、アレッポで一緒に石鹸工場行ったHちゃんに偶然再会できたし、ヨルダンで死海に一緒に行こうって約束もできたし、これでいっか。

■シリア*ダマスカス(2010年1月31日~)②

昨日と今日のダマスカスは寒い。
太陽は出ているものの、時おり雪が降る。
積もるもどでもなく、さっと振っては止むのだが、気温はおそらくマイナスだろう。

今、体調不良で、ダマスカスの病院で検査してもらっている。
原因はおそらくジアルジアに違いない。

ジアルジアは、バクテリアのような虫が飲食物を通じて口から入り、腸の中に寄生する病気。
普段はなんら体調に問題はないのだが、時々激しい嘔吐と下痢にみまわれる。
一番の特徴は、これらの症状とともに卵の匂いのゲップが止まらない。


中国でこの症状が初めて起きた。
日本を出て間もない頃だ。
決まって、中国の白酒(バイジュウ)を飲んですぐの深夜に、この症状が表れた。
油っこい物ばかり食べていて、胃が弱っているからだろうと思っていた。

パキスタンでこの症状が頻繁に表れるようになった。
しかも様子はヒドくなり、1回その症状が出ると、2~3日は物も食べれず寝込む事態となった。

しかし、パキスタンで出会ったツーリストのほとんどが、これと同じ症状があると言っていて、命に関わる気配も感じなかったので、氷河からくる生水を毎日飲んで、特に気にもしなかった。

インド・ネパールではさらに悪化した。
下痢は、もはや当たり前のこととなっていた。
毎日がそうだった。
そしてたまに寝込むほどのがやってきた。

さすがに不安を覚え、インドのダラムサラでチベット人のご主人と日本食レストランを営んでいるN子さんに相談した。
N子さんは、その症状の特徴は、インドでツーリストがよくかかるジアルジアに違いないだとうろ教えてくれた。
その病気はインドじゃ当たり前だそうだ。

薬局で簡単に薬を買えるので、しばらく飲めば治るということで、さっそく薬を飲む。
薬の効果はてきめんで、1回飲んだだけで、嘘のように体が絶好調になった。
絶好調になって初めて、今まで当たり前になっていた体調は不良だったのだと気づいた。
食欲がそうとう落ちていたことも気づいた。


しばらく薬を飲み続けたので、もう2度とあの辛い症状に見舞われることはなく、
トルコでは、過去の分を取り返すかのように良く食べた。
トルコ料理がとても美味しく感じ、いくらでもお腹に入った。

シリアは、食べ物の選択肢が極端に減り、がっかりだ。
毎日毎日屋台のような店で、肉をクレープのようなパンで巻いたシュワルマばかり。
しかもトルコやレバノンのそれに比べ、ちっとも美味しくない・・・

レバノンからシリアに戻ってきて、
もうシリアは充分、明日ヨルダンに行こうと決めた矢先、ジアルジアの症状が再発した。


翌日の昼のバスで、ヨルダンに行く予定だったのだが、もうそれどころではなかった。
一晩中トイレに立てこもり、ジアルジアの症状と闘った。


翌日は寝込むほどでもなかったし、前回のことで学習したので、症状の軽いうちに薬を手に入れなければならない。


幸い私のホテルから、徒歩10分圏内に日本大使館があるので、まず相談。
大使館の対応は、こちらが恐縮してしまうほど丁寧親切。
普段ツーリストからは、どこの国の日本大使館も悪口しか聞かないので、シリアの日本大使館の対応は嬉しかった。

日本大使館の領事に連れて行ってもらった病院は、医者・スタッフ全員が流暢な英語を話す。
私の言わんとしている事も汲み取ってくれる。


私は以前ジアルジアにかかり、その症状と同じであることを医者に伝えたが、医者はその可能性は無いという。
なぜなら、シリア国内の観光客が訪れるような都市にはジアルジアは存在しないからという。

ただの腸炎だから、しばらくフルーツとクラッカーだけ食べていれば治るという。
薬も飲まなくていいという。

でも私は確信している、間違いないよ。
ジアルジアだよ・・・

落ち込んでる私に医者は訊いた。「シリアのどこの都市に行ったの?」
訪れたすべての都市を順に答えていると、
ユーフラテス河を見に行った田舎町、デリゾールのところで、医者がつっ込んできた。
「えっ、君、デリゾール行ったの?」
「はい。」
「間違いじゃなく、本当にデリゾール行ったの?」と2度も訊き直してきた。

デリゾールはユーフラテス河沿いの小さな田舎町で、特に観光スポットも無いのだが、
今まで私は、黄河もインダス河も見たし、この先おそらくナイル河は見るだろうけど、ユーフラテス河をこの機会に見ておかねば、一生見ることが無いだろうと思ったので、四大文明の栄えた河の一つユーフラテス河を見るためだけに、デリゾールへ行ったのだ。
人がたいへん親切な田舎町だった。



そして詳しく検査することになった。

今その結果待ち。


久しぶりの何も予定の無い連休のような感じだ。

今日は金曜日で、イスラム国であるシリアは休日。
ダマスカスの街は静まり返っている。


■シリア*ダマスカス(2010年1月31日~)①

「ゴラン高原の露出狂」( 2月1日 )

ゴラン高原は、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル、に囲まれた複雑なエリアだ。
報道番組で名前だけは知っていた。
1967年から、シリアはゴラン高原をイスラエルに占領されている。

この時、イスラエルは徹底的にシリアのゴラン高原の町「クネイトラ」を破壊した。
女子供を含め町中の住民を殺戮した。

今この町は国連の管轄となっている。

シリア側からこのクネイトラに行ける。
シリアは、この残虐なイスラエルの仕業を人々に知ってもらおうと、建物を当時のまま修復しないで公開している。

シリア政府関係の事務所で許可証を発行してもらえば、クネイトラ近くから政府の人が案内してくれると聞いたので、一人で行ってきた。


許可証を取るための政府の機関は、アサド大統領のひときわ大きな写真が入り口にあったのですぐに分かったが(シリアは国中アサド大統領の写真だらけ)、私の持っている政府機関のイメージとはまったく違った。
少年2人が銃を肩から提げ、入り口を守っている。
他にも複数の男がたむろしている。
どちらかと言うと、私の持っているゲリラ組織の基地のイメージに近い。


許可証を作ってもらい、
ダマスカスから1時間ほどオンボロのマイクロバスで行く。
最後の町から少し走ると人気が無くなり、乗客も私一人になった。
しばらくすると建物があり、そこから政府関係者のはずの男性が、案内人として乗り込んできた。

クネイトラ入り口ゲートでバスから降ろされ、案内人と2人きり、時たま国連の車が通るだけでヒト気のないクネイトラを歩くことになった。

ゴラン高原クネイトラ1
( 前の丘から向こう側はイスラエルに占領されている。丘の上にはイスラエル軍 )

ゴラン高原クネイトラ2
( 映画のセットのような、ひと気のない町 )

ゴラン高原クネイトラ
( ミサイルとはこうもすごいのかと思わせる跡ばかり )


案内人は、国連の車がたまに通るくらいの見通しのいいところで、車が危険だからという解せない理由で手をつないできた。

このパターンはたまに出会う。
信用できないタイプだ。

大丈夫ですと手を振りほどいたら、しつこい事は無かったが、その後の彼の話はずっと下ネタになった。
そういう話は私の好みでは無いと言っても、アラブ人の男がいかに凄いか、自慢を含んだ下ネタを彼はしばらく続けていた。


ゴラン高原クネイトラ4
( 病院の中。人々が避難したという、病院やモスクの破壊のされ方のヒドさが痛々しかった。ミサイルの跡。)


しかし先ほどから、彼はなぜか私の斜め後ろにぴったり張り付き歩いている。
そして何かがわたしの腰の辺りにあたる。
何かと思って見ると、彼はズボンのファスナーを開け、男性のモノを出して、私におしつけていた。
私が冷静に「出ていますよ」と言うと、彼はファスナーが壊れていると言って誤ってきた。
彼はいったんはモノを収めたものの、3分もしないうちまた出していた。
少し休憩しようという彼の意見を却下し、入り口のゲートの位置を彼から探り、警官のいるゲートまでたどり着き、クネイトラを後にした。


ゴラン高原クネイトラ5
( 露出狂とは知らず撮ってもらった写真 )



■Syria*Aleppo 2

aleppo city
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one of the soap shop
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a soap factry
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■シリア*アレッポ(2010年1月17日~)

トルコでは後半、パソコンで日本語を読むことができなかった。
そういうことは海外では良くあることで、そういう時はブログの更新しないのだが、トルコは面白い所が多かったので、文字化けしてる画面の中、感だけを頼りに更新した。
まともに更新されてて安心した。
といっても、まともな英語の文章じゃない。
だいたいこんなもんです、私の英語力。
もちろん辞書使いまくってこの程度だから、中学レベルの英語力さえあれば、旅はできます。

トルコからシリアにバスで入って、最初の街は「アレッポ」。
アレッポは、この旅で、必ず行こうと心に決めていた街。
なぜなら、
私は自分で使う石鹸は自分で作る。
アレッポは石鹸で有名な街であり、アレッポ石鹸の品質を目標に、私は石鹸を作っていた。
この街に来て分かったが、ここは世界で初めて石鹸を作った場所である。
石鹸のことでレバノンと戦争するという歴史も持つ。

あこがれのアレッポ。

トルコからシリアに入ると、車窓が急にアラビアンな雰囲気になる。
物価もトルコに比べ、はるかに安い。

私の好きな雰囲気だ。

しかしながら、看板や注意書きや切符がまったく読めない。

中国では漢字でなんとなく意味がわかったし、中央アジアでは一夜漬け勉強でキリル文字を読み書きできるようになり、何屋なのかやどこ行きのバスなのかは、文字を読んでわかった。
インドやパキスタンでは必ず英語の表記があった。
トルコの文字も覚えやすかった。

しかしシリアでは、いやいやこれから私が向かうヨルダンやエジプトでも、一夜漬けの勉強じゃ文字を理解できないだろう。
困ったが、とりあえず数字だけは一夜漬けで覚えた。
物の値段はすべて、初めて見る数字で書いてあるから。



アレッポではもちろん石鹸工場を見学に行く。

街の中で石鹸はいたるところで売っている。

こんなにたくさんのメーカーがあるなんて、さすがアレッポ。



このパソコンからは、写真をアップできないので、写真はまた今度。

日本語が読めて、しかも書けて、USBがまともに使えるパソコンって、出会えたらホント奇跡。
パソコン持ってこなかったのが、この旅の唯一の私の後悔。


リサ婆

現在無職。日本在住。
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で12年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春からカレー屋をやるべく、現在奮闘中。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

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