■*インド

■高額紙幣が使えなくなったインド

明日から1万円札と5千円札は使えなくなります。っていきなり政府が発表したら、日本人はどうするのでしょうか?
そんなSFみたいな話が先日インドでありました。

8日夜インドのモディ首相がテレビ演説し「500ルピー札と1000ルピー札を演説後4時間したら無効にする」と突然発表したとの報道がありました。
このニュースを見たときは、飲んでたコーヒー噴き出すほどびっくりしたというか笑ってしまったというか。

インドの1000ルピーといったら、1万円以上の感覚のお札ですよ。日本円換算で1600円くらいですが、インドでの価値は1万円以上な感じです。
あまりに高額すぎて、そこいら辺の商店やレストランでは、お釣りがないので、使うのがはばかられる紙幣です。
数日分の宿泊代をまとめて払う時しか、私は使ったことがありません。
そんな大金をですよ、あと数時間で使えなくなるって突然首相が発表したんです。
(そのモディ首相はただ今来日中です。)

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インドの様子はどうなってるのかなって思い、今日は近所の南インドカレー屋を私が手伝う日なので聞いてきました。

日本で報道されてた「演説後から4時間で無効」というのは間違っていて、もう少し時間の猶予はあったようですが、それでもわずか数日間だったそうで、人々はかなりあわてたようです。
期限を待たずして、どこの店ももうこの高額紙幣の使用は拒否。
銀行やATMで両替したくとも、長蛇の列。 長蛇の列ったって、インド人はもともと並ぶ習慣なんて無くて、横入りはあたりまえ。ちゃんと並んでるとは思えないのですが。しかもインドのATMはお金が出てこないことがザラにあります。
両替は1日1万ルピー2,000ルピー(確認したら2000ルピー/日だそうです)までの限度額があるとか。
ブラック両替屋も出現し、500ルピー札を100ルピー札3枚に交換するのが相場のようです。
商店などでの使用はすでに不可能で、銀行での両替もそろそろ終了のようですが、年内は上限付きで銀行に預け入れはできるそうです。(追記:引き出し制限があるそうです。)
今年の年末以降は紙くずになる高額紙幣。
たくさんタンス預金してた人は、泣くに泣けないですね。
自殺者もでてるとか。

カレー屋主人は「中国とパキスタンがインドルピーの偽札を大量につくったからこうなった」と言ってましたが、たしかに中国は偽札天国でした。
私も、まだ中国に慣れない頃に偽札をつかまされました。良くできた偽札です。

日本でも、2,000円札が偽造されていても、東京の人は気づかないかも。

(おまけ)インドのコインは、字が読めない人にもいくらなのか分るようになってて可愛い。
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最近、世界が面白い事になってるので、さぼりがちだったブログを、まめに更新しています。

■インド*コルカタ②

ネパールに行っていた妹とコルカタで合流したので、明日から一緒にバングラデシュ行ってきます。
バングラデシュには外国人観光客はほとんど来ないのでアイドルになれる、というのが一般説です。
人々がとても親切だと聞くので、楽しみです。
約40年運休していたインド・バングラデシュ国際列車が2年前に再開したので、それに乗ってまずは首都ダッカを目指します。

■インド*コルカタ

とっくにあけましておめでとうございます。

年越しはブッダガヤの日本寺でした。
除夜の鐘つかせてもらって、年越しそば風うどん(歯ごたえも形状もそばだけど、そば粉は入っていない)を近所のインド人達と一緒にごちそうになり、日本の寺から派遣されているお坊さんたちと話しをし、日本にいるときよりも年越しらしく感じました。


そろそろインドを出国しバングラデシュへ行くため、国際列車の走るコルカタ(カルカッタ)に今来ています。

コルカタは、16年前、私が初めてインドに来たとき最初に足を踏み入れた思い出の街。
人々の服装がかなり綺麗になり、不思議な形態の体を持つ人々はほとんどいなくなりましたが、街の雰囲気は当時とあまり変わっていません。
16年前、空港からコルカタ(当時はカルカッタ)の安宿街に向かうローカルバスの中で「好きだわぁインド」と思ったように、今回は「ホッとするわぁコルカタ」と、しみじみ感じたのでした。


ところで、元日からブッダガヤで合宿した瞑想を習う12日間コースの話し。

私が習った、ブッダが悟りを得たという瞑想法は、呼吸をコントロールすることもなく、マントラや呪文を唱えることもなく、何かをイメージすることもなく、ただただ自分を感じるというシンプルな方法なのですが、これがかなり面白くて、習って良かったと心から思います。

瞑想についてなんの予備知識もなく、禁煙道場にでも行く感じで行ったのですが、日本語のテープで瞑想方法を聞くことができたので、やり方はわかりました。
やり方はわかったのですが、結構難しく、足の痺れを我慢できなくなったり、眠っちゃったり、余計なことを考えたりしました。
しかし、うまく瞑想できた後は、まるでマッサージを受けた後みたいに、いやそれ以上に体と頭がすっきりします。
何かがスコーンと頭の頂点から抜けた感じというか、憑き物が取れた感じというか、爽快です。
これがすこぶる快感なのですが、この快感を求めるとうまく瞑想できなくなります。

妄想では、このすっきり感を味わったことがないので、妄想と瞑想は紙一重だけれども違うものなのではないかしらと思いました。

合宿中は
いっさい口を利いてはいけない。
人とのアイコンタクトもいけない。
朝4時起き。
菜食の食事のみ。
気温は東京の冬並みだけど、蚊がウヨウヨ。しかし不殺生。
運がよければぬるいお湯をバケツにもらうことができますが、基本的には水シャワー。
酒・タバコ・ドラッグ・化粧・携帯電話使用・読書・書き物・外出の禁止。
生活スペース男女別。
とてもストイックな生活です。

朝から晩まで瞑想三昧。あっという間の12日間でした。

合宿の後は、ブッダが悟りを得た菩提樹の木の下で数日間自発的に瞑想法の復習をしました。
その菩提樹は、世界遺産になっている寺の中にあり、人が多い割りにくつろげるところなのですが、ブッダの頃の2500年前のこのあたりの風景を想像しちゃって、うまく瞑想できません。

その後も朝起きた直後や寝る前に瞑想を試みるのですが、寝坊・肉食・などなど俗人の生活に戻ったからなのか、試みても瞑想が難しくなりました。

ああ、なんてこったい!!!

■インド*ブッダガヤ

2年前の年越しは、中国。
1年前の年越しは、トルコ。
2010~2011年の年越しは、インドです。
インドでの年越しは、前回のゴアそして今回、と人生で2度目。

今、ブッダガヤにいます。
ブッダガヤは、ブッダが悟りをひらいた場所として有名です。

今回はここで年越しです。

日本寺では、除夜の鐘がつけ、年越しそばを食べれるようなので、ホテルの部屋をシェアしている日本人女性と遊びに行こうかと思っています。

ブッダガヤには、瞑想センターや瞑想スクールがいくつもあり、私はその中の一つで元日から12日間の合宿コースで瞑想を習うことにしました。
インドでヨガを習うのと同じような感覚です。

瞑想と妄想のどこが違うのか知りたいし、瞑想にやり方があるなら知りたいからです。


今年は、初めての経験が多い充実した1年でした。
来年は、さらに楽しく充実した年にしたいです。

よいお年を~。

■インド*ダラムサラ

ダラムサラに1ヶ月半いるのだけれど、もっとずっと長あいだ滞在しているような気がしている。

ダラムサラでは古くからの知人女性N子さんが日本食レストランを営んでいて、私はそのレストランのケーキ作りなどを手伝わせてもらいながら毎日そこに入りびたってぶらぶらしている。

ここでは再会や新しい出会いがたくさんあり、1ヵ月半の間にそれが起こったのだと思うと不思議だ。
もうずいぶんと昔からの出来事のように感じる。

旅行中の妹とも数年ぶりに会えたし、エジプトのピラミッドに一緒に行った20歳の平成娘ともここで再会した。
この旅中にどこかで出会った人と何人もここで再会した。
ダライラマを目にすることもできた。

新しい出会いもあった。
過去に出会ったことの無いタイプの人や、初めて会ったとは思えないほどシンパシーを感じる人もいる。



いろんな人と話しをしていて、気づいたこと。
年齢だけは重ねているけど、私はまるで子供だな。
この先の建設的な人生設計がまったく無い。

悲観して言ってるのではない。
自分の成長を私は望んでいる。

■インド*ダラムサラ

インドの山奥のダラムサラにいます。
つい最近ダライラマが来日していたでしょう。
チベット亡命政府があり、ダライラマの邸宅があり、チベット人の多く住むインドのダラムサラです。


インドの山奥で修行したのは誰だったか思い出せず、
そういえば、ゴリとラーは誰の敵だったのか、もしかしてインドで修行した人の敵?など疑問が湧いても、ダラムサラには長期滞在の日本人が多いので、答えがすぐ出る。
インドの山奥で修行したのはレインボーマン。
ゴリの敵はスペクトルマン。


妹がダラムサラに来た。
今年と去年は私が日本にいなく、去年と一昨年は妹が日本にいなかったので、数年ぶりにダラムサラで再会。
4日間一緒にいたけど、妹はビザの関係で急ぎ足でデリーに行ってしまった。


私は、住所不定・無職歴がまもなく2年になろうとしている・・・


■インド*マナリ*バシスト2

マナリのバシスト村は、温泉のある寺院を中心に村が広がっている。
寺院には男女別の露天風呂があり、女湯から寺院の本殿の屋根が見える。
日本の瓦屋根に似ていて、瓦の代わりに薄い石の板がのっている。
「ずいぶんと日本の屋根に趣が似てるな」と思ってよく見ると、屋根に「菊の御門」に良く似た印。
興味を持ったので、風呂から出てその本殿を観察すると、神社に良く似ている。

神社は高い所に大きな鈴があり下に賽銭箱があるけど、この寺院は高い所に小さな鐘がついていて、その鐘を鳴らしてから、鐘の下に座っている寺院の人に祈祷してもらいお金を払う。
温泉で体をキレイにしてから祈祷してもらうというのが、一連の流れなんだろうなぁ。

この寺院の歴史は2000年以上あるそうで、これは神社のルーツか親戚だと思う。

ヒマラヤで神社の親戚に守られて露天風呂に入れる幸せを楽しんでいます。

■インド*マナリ*バシスト村

インドのマナリのバシスト村にいます。
ヒマラヤの中です。
村の寺に温泉があり、露天風呂です。
いい湯です。

■インド*ダラムサラ②

今日は、20年前にダライラマがノーベル平和賞を受賞した記念日なので、ダラムサラは祝日。

先日、行ってきたマンデーマーケットとチベット亡命政府の霞ヶ関の写真。

ダラムサラは、大きく2つに分けられる。
山の上と山の下。
私が泊まっているのも、N子さんのレストランがあるのも、多くのツーリストが集まるのが山の上。
そこから徒歩で30分くらい下った山ノ下はマーケットが充実している。

この山ノ下にある町は、月曜日に新入荷した商品を放出する露天のマンデーマーケットが有名で、質のいいジャケットやセーターや靴が、100円ほどから売っている。
旅行者の間では、チベット難民にたいして各国から来た援助物資を売っているという噂がある。

昼間もジャケットやセーターがないと厳しい寒さのダラムサラだし、今後防寒具が必要だろうと考え、私はジャケットとセーターを買いに行った。

山の上から下に下る途中に、チベット亡命政府のいわゆる霞ヶ関がある。
せっかくダラムサラにいるのだから、小学生の頃の遠足を思い出し、議事堂見学。

チベット政府の霞ヶ関
(駐車場をぐるっと囲むように、チベット亡命政府関係の建物がある)
この敷地には図書館や博物館やレストランもある。

亡命政府国会議事堂
(日本で言う国会議事堂の中。)

山を下るとマーケット。

マンデーマーケット2

インド人の露天商が古着や靴などを売っている。

マンデーマーケット1
これは私がハーフサイズのダウンジャケットを300ルピー(600円)で購入した店。

その他、ラムウールの軽くて暖かいセーターを2枚、アウトドア用パンツ1本などを購入。

この日の買い物合計800ルピー(1600円)。
久しぶりの大買い物に、やや浮かれる。


おまけ、チベット料理のテントゥク。ワンタンのようなスイトンのような・・・
チベット料理テントゥク


すっかり冬支度を整えて、15日にトルコに行きます。

■インド*バラナシ

バラナシを訪れたのは、およそ10年ぶり。
バラナシは、ヒンドゥー教徒の聖地。
ガンジス河での沐浴が、日本でもテレビ番組などで放映されているので、知っている人も多いと思う。

宿から見たガンガーとガート
(宿泊中の宿から見たガンジス河とガート)

バラナシは、相変わらず活気がある。
初めて訪れた15年前から何も変わっていない。
と、思ったが、かなり変化していた。

物乞いが草履を履いてる。
10年以上前の物乞いは、だいたい裸足だった。
それに、いったい何の病気でこのような姿になってしまうのだろうと、そういう奇形な姿をした人が、ほとんどいない。
物乞いの人数も減った気がする。

インドの聖人サドゥーに見せかけた、偽サドゥー詐欺師もまったく見かけない。

子供の労働者が、少し減った。
ガンジス河沿いのガートには、もっと多くの子供が物乞いをしたり、はがきを売っていたりしていたのだが、働く子供の人数が減った。
しかし、フリーの詐欺師みたいな子供は増えたような・・・

小さな店屋では、ほぼ定価を言ってくる店が多くなり、小さいボリが減った。

豊かになったんだな、インド。と思う。
末端の人にも、富が回るようになったんだと思う。
10億人以上の人口かつ複雑なカーストを抱えたインドは、成長してる。

2年位前にテレビで見たのだが、インドに中間層というものが出現し始め、その中間層はおよそ2億人、その年収は日本円で2000万円以上ということだった。
日本人は、自分が中流だと思っている人が多いというが、日本で2000万円以上の年収があったら、中流以上だと思う。

豊かになったせいか、若干宗教色、インド色も薄らいだ気がする。

ほとんどの男性が身に着けていた腰巻は、今はスラックスやジーンズになっているし、女の人が額に着けていたビンディーも、若い女性には流行っていない様子。

ヒンドゥー教の聖地だが、今回は、イスラム教徒の観光客も多く見かける。

変わっていないようで、緩やかに変わっているバラナシだ。
おそらくインド全体が緩やかに変わっているのだと思う。



素焼きのカップヨーグルト
(これは今も変わらない、素焼きのカップ入りヨーグルト)

■インド*ダラムサラ

半年前にキルギスで取ったインドビザの期限があと10日に迫ったので、パキスタンからインドに入った。
パキスタンでインドビザが切れると、かなり面倒臭いことになるので、とりあえずインドに来たはいいが、10日以内にインドも出なければならないので、まず、パキスタンとの国境から程近いインドのダラムサラに住む、私の尊敬すべき先輩のN子さんに会ってから、急いでネパールへ出ることにした。

N子さんについて昨年12月に日記に書いたことがある。

N子さんの仕切る日本食レストランは繁盛していた。
N子さんは、やや疲れた感じではあったが、相変わらず美しい女性だった。
前回お会いしたのが15年間。
今は中学生と小学生の娘さんがいる。
15年前には無口でクールでYMOの高橋ユキヒロに似ていたチベット人のご主人は、日本語がかなり上達していて、私の中で、お茶目な感じのイメージに替わった。

亡命チベット人を助けるために一役かっているN子さん。
インドの食材で、日本の味を出すために工夫を凝らし、味噌や納豆を手作りするN子さん。
子育てと仕事を両立させているN子さん。
私にはなかったエネルギーをN子さんからもらった。

N子さんには、在ダラムサラ日本人女性の友人がいる。

なんとその女性Cちゃんは私の知人でもあった。
8年ほど前にインドのバラナシで、宿の部屋が隣だったのをきっかけで知り合ったのだが、
まさか今、ダラムサラにいて、N子さんの友人になっているとは思わなかった。

このCちゃんと私は不思議な縁がある。

インドのバラナシで初めてCちゃんと会った時、彼女は自分がキーボードを弾いているバンドのテープを聴かせてくれた。
ガンジス河に船を出し、船上ライブをやったというそのバンドの音楽に、私は特に心を持っていかれるということはなかった。

数年後、私がやっていたバーに、一人のお客様がレインマンというバンドのミニアルバムを持ってきた。
「秘密基地」というタイトルのそのCDを、一度聴いて、私はすぐにファンになった。
歌詞からすぐに旅好きなことがわかったし、詞の内容は単純なようで深かった。
じきにこのレインマンのボーカルDスケも私のバーによく来てくれるようになった。
Dスケと知り合いけっこうな月日が流れ、Dスケの音楽にさらに興味を持った私は、彼のバンドのCDを初期から聴くことにした。
このバンドの成長ぶりはスゴイ。
さかのぼったら、へたくそだ。
そして気づいた。
インドのバラナシでCちゃんがキーボードを弾いていたバンドは、このバンドだ。

そして、今、Cちゃんと私はダラムサラで再会。
私はこの旅で、Tシャツを2枚持ってきているが、2枚ともDスケが作ったレインマンのTシャツだ。
初めてCちゃんに会ったときは、CちゃんがこのバンドのTシャツを着ていた。
不思議な縁だ。

縁といえば、私はダライラマにも縁を感じる。
ダラムサラは、ダライラマが亡命している地であり、チベット亡命政府のある所だが、ダライラマは世界中を回っているので、ここではたまにしかティーチング(説法会)を行わないらしい。
ビザの関係で、私は急ぎ足でダラムサラを駆け抜けないとならないのだけれど、ちょうど私の滞在期間中に、このティーチングがあった。
私はダライラマから、彼の哲学、宗教、仏教、さらに大乗仏教について聴くことができた。
ダライラマは、ユーモアのある人のいい親戚のおじさんのようだった。

N子さん、Cちゃん、そしてダライラマからもらったエネルギーで、今晩から23日のインドビザが切れる前にインドからネパールに抜けるためのバス移動も、難なくできそうな予感。

リサ婆

カレー屋歴3ヶ月
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で11年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春から間借りでカレー屋を始めましたが、7月31日閉店しました。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

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