■*カザフスタン

■カザフスタン(1)*カスピ海

世界一大きな湖を見にカザフスタンのアクタウへ行く。
世界一大きな面積を誇るカスピ海。


ウズベキスタンの悲劇のアラル海(一つ前の日記で紹介)を見に行った後、乗り換えの都合でコングラートという、宿屋の一件もない町に宿泊を余儀なくされた。(実はコングラート駅に泊まれることを後になって知る)
ここでは、ご好意によって一般家庭に宿泊させてもらった。

そして私がこの後カスピ海を見に行く事を知ったこの家の人が、私の目的地であるカスピ海の街アクタウに、姉さんが住んでいるということで、私を世話するようお姉さんに連絡してくれた。
アクタウは、物価が高いことで旅行者には有名だったので、1日最低でも5000円以上かかるであろう生活費を抑えることができるのは、有り難いお話しだった。



カスピ海の街、アクタウの駅に到着すると、そのお姉さんが迎えに来てくれていた。
今までさんざん見てきた、どうしたらそんなに太れるのか、おそらく体重100キロは軽く超えているであろう中央アジアの普通のオバさんと、彼女は違った。
ほっそりしたスタイルに、イスラム独特のスカーフとロングスカートが良く似合った綺麗な人だった。

彼女の名はバグダー。
バグダーの家庭に2泊させてもらうことになった。

家に到着して、私はかなり戸惑った。
彼女の家は、とても貧しい家だった。
石油と天然ガスが採れるリッチな国カザフスタン、物乞いがほとんどいないカザフスタンで、バグダーの家族はとても質素な生活をしているようだった。

バグダーの家

ご主人とバグダー、そして3人の子供たちは、10畳程の部屋と2畳程の玄関スペースだけで生活していた。
水道は無く、トイレは隣家と共同で外にあった。
もちろんシャワーなど無いし、シャワーを浴びる習慣はないようだった。
水はどこから運んだのか、バケツに溜め置きしてある分だけだった。
水道やシャワーがないのは、お隣りの国カラカルパクスタンでも当たり前のことだったが、今まで中央アジアで見てきた一般家庭でもっとも狭い家だった。
台所といえる場所は外にあった。

バグダーはとても手厚く私の世話をしてくれた。
カザフスタン流のミルクティーや、中央アジアの炊き込みご飯で、私は常に満腹だった。
子供たちは大はしゃぎで、私にとてもなついてくれた。
ただ、ご主人は病気を持っていて、仕事はしていない様子だった。

[私は働きたいの。働くのが憧れよ。でも主人はそれを許さないの。]
バグダーは私に言ったが、多くのイスラム教徒の家庭は、それを許さないだろう。

そういえば、私とバグダーには、共通の言語が無かった。
中央アジア全体でそうだが、基本は現地語とロシア語だ。
でも、不思議とお互いのコミュニケーションは取れていた。


バグダーと子供たちと一緒にカスピ海に行った。

カスピ海
カスピ海は、その名の通り海だった。
これは湖という規模ではない。
水平線の向こうに、対岸が見える気配が全くしなかった。
水を舐めると、鎌倉の海程ではないものの、かなりしょっぱかった。

カスピ海沿岸
沿岸は、リゾート建設が進んでいた。

カスピ海2
まだシーズンには早いのだろう。
のどかなカスピ海。

バグダーと子供たち
遊んでいる親子は他にもいたが、水着を着ていない子供は、バグダーの子供達だけだった。
一つ年上の姉さんインディラに、いいように使われている弟ポーラットを見ていて、どこの国でも姉弟って、子供の頃はこうなんだろうなと笑ってしまった。



3日目、私が列車でカザフスタンの首都マルマタに向かう時、お別れにバグダーが4日分の食糧を持たせてくれた。
ここアクタウからアルマタまでは、3泊4日の列車の旅だ。

心から感謝し、とても思い出に残るカスピ海だった。


リサ婆

現在無職。日本在住。
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で12年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春からカレー屋をやるべく、現在奮闘中。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

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