■*キルギス

■キルギス*さらに思うこと

今日、ようやくキルギスで申請していた他国のビザがすべて取れた。
長かった。
全部で半月かかった。

キルギスについて考える。

何の下調べもなく、キルギスにやって来る日本人が最近増えているという。
大体が中国からやってくるらしい。
私もその一人。

シルクロードを西に向かった連中が、ビザの要らないキルギスに軽い気持ちで来てしまい、キルギスマジックに引っ掛かってしまうのだそうだ。

キルギスには、見どころといえば、ソ連時代には外国人には開放されていなかったイシククル湖や、山々はあるが、ハイライト的な感じでもない。

そこで、見どころ豊富な隣国ウズベキスタンへ行こうと連中は考えるらしい。
私もその一人。

ウズベキスタンのビザを取るのに、最悪半月以上かかる。

ツーリストにとって決して物価が安いとはいえないキルギスに、こうして、言葉も話せない私達が長居をすることになり、お金を落としていく。

キルギスよ。すごい国策だね。日本人ビザ不要は大正解だよ。

そして、外食はとても高いけど、高品質のバックパックやナイフや旅行者に必要なものがとても安い。
やることもないので毎日ウインドウショッピングしていると、ついつい買い替えたくなる。
私は、ビクトリノックスのナイフや栓抜きのツールを2000円程で購入。

キルギスマジックにまんまとやられている。


写真は、同じ家に居候している日本人女子3人で行った温泉。
5月26日、日帰り温泉旅行。

イシクアタ温泉1

イシクアタ温泉2

イシクアタ温泉3



おばあさんと16歳の孫が住む居候中の家。

南旅館

南旅館2

南旅館3


■キルギス*思うこと

キルギスは特にこれといって見どころがある訳ではないが、国のほとんどが山岳地帯。
移動時の風景こそが見どころだと思う。

キルギスの人たちは、コンテナをよく使う。
中国との国境辺りで昨年地震があり、中国側の仮設住宅はテントだったが、キルギス側ではコンテナハウスだった。
コンテナショップやコンテナレストランを国内のいたるところで見ることができる。
キルギス人は本来遊牧民なので、すぐに移動できるスタイルが好きなのかしらと思った。

オシュからビシュケクまでの2泊の移動は、春から冬へと逆行するようで楽しかった。
オシュの市場は賑やかで楽しく、オシュが大好きになったが、
首都ビシュケクの活気の無さに驚く。

全く活気が無い。
仕事が無いのか、昼間から酔払っている人が多い。
道路に寝てしまっている人も見かける。
豊かではない人相の人が多い。
たむろしている警官の雰囲気が悪い。
食品の物価は中国よりはるかに高い。
ウオッカは約700L、1本100円位からある。

ボリ、釣銭ごまかしは日常茶飯事。
ツーリストが遭遇した犯罪被害は、スリのようなこっそり犯罪より、強盗、警官による恐喝、が圧倒的多い。
夜明け前や日暮れ後は決して外を歩くな、というのがツーリストの常識。

キルギスでは日本人はそうとう好かれている。
逆に中国人は好かれていないのを感じる。
中国人だと思われている時の態度と、私が日本人と分かった後の人々の態度は雲泥に違う。

たくさんの人種がいる。
何人か問うても、どこどこのハーフやクオーターが多く、混血度が高い。
ゆえにとんでもない美人と遭遇することもしばしばある。
中国では、漢族と他民族とは別に生活をしていた。
漢族と他民族が共に働き話しをしているのは、ネットカフェくらいでしか見なかった。
これは、中央アジアシルクロードと中国シルクロードとの大きい違いな気がする。

キルギスのコンピューターは遅い。
旧ソ連では、手作業で送受信の内容をチェックしているので遅いという説がある。
この日記に載せようとした写真をいったんコンピューターにコピーしていたのに、文章を書いている間に消えていた。
ロシア語表示なので、感でやってます。

■キルギス*ビシュケク

キルギス。
おそらくこの言葉を口にしたことは、今までなかったと思う。
国なのか都市なのかも知らなかった。

初めてこの国のことを知った。

来る直前に分かった。
ここは旧ソビエト。

初めて訪れる、旧東側の国。

英語は通じないだろうと予測したが、やはり通じない。
予想外だったのは、文字もまったく読めないこと。
ロシアの文字が使われている。
Д・Ж・Ф・Л・Я・Ю・・・・・・・
このような文字は絵文字で存在は知っていたが、読み方なんて知らなかった。

中国から7000m級の山の合間を抜けてやってきた世界は、中国とは全く別世界だった。
外人とわかるとロシア語で話しかけられる。

キルギス側の税関で、それまで一緒にいた日本語を話すオーストリア人の夫婦が、ロシア語で乗り合いタクシーと掛け合ってくれ、先を急ぐ私はヒッチハイクではなく、乗り合いタクシーでオシュという町に行く事を選んだ。

先を急いだのは、中国で知り合った日本人ツーリストが、その翌日の朝までオシュに居ることがわかっていたので、どうしても話をしたかったからだ。
最初に中国に到着して訳分からなかった以上に、この国が全く分からない。
読めず、話せず、筆談もできず、文化も知らない。
国の存在自体、最近知った。
だから既に1ヶ月キルギスに滞在している人の話を、どうしても聞いておきたかった。
彼も、私がキルギスに行くというので、ウズベキスタンに行く予定を1日ずらしていてくれていた。

夕方税関からタクシーに乗ったおかげで、明け方にはオシュの町に到着できた。
なんとか彼と朝食を一緒にできる時間が作れ、とりあえず知っておくべき知識を教えてくれ、彼はウズベキスタンへと発った。


キルギス人は、日本人に対してかなり高感を持っている。
中国人に間違えられることしばしだが、日本人であることがわかると、人々の態度が全く違う。
何を根拠にそうなのか、日本は相当好かれている。
旧西側の国で、ビザが要らないのは日本人くらいではないのか?
日本政府はたくさんのお金をキルギスに使っているのだろうと予測した。



偶然とは面白いもので、中国のトルファンで部屋を共同で借りたトモコさんと、キルギスの首都のビシュケクの町はずれの道路でバッタリ再開した。
そして彼女がホームステイ感覚で宿泊している宿に、私も移った。
私たちは共に、ウズベキスタンビザ、カザフスタンビザ、インドビザを取るために、しばらくこのビシュケクに滞在を余儀なくされていた。

キルギスの物価は中国に比べてかなり高い。
そして外食の物価は恐ろしく高い。

宿のキッチンを借りて自炊生活をしていたトモコさんを見習い、私も自炊をすることにした。

リサ婆

カレー屋歴3ヶ月
バーのママ歴
中野で4年
歌舞伎町で11年
海外旅行歴
人生の中で延べ約4年
約50ヶ国
春から間借りでカレー屋を始めましたが、7月31日閉店しました。

!注意!お願い!
本文中、イスラム教を国教とした国の事を「イスラム国」と書いたのがたくさん出てきますが、それを書いた時点ではまだイスラム国(ダーイッシュ、ISIS)が無かったため、そのような表記になっております。
ですので本文中にある「イスラム国」は、ISISとは関係なく「イスラム教の世界」「イスラム教を国教とする国」というニュアンスでお読みください。

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